原爆による広島の小学生被害から思う

6日のNHKスペシャルで、アメリカに渡された、原爆直後から2年間の被害者調査報告書の事を取り上げていた。1万ページ以上にわたり、200人以上の解剖結果、体温の変化や死に行く様を記録した。アメリカは原爆による「人体実験」の結果が欲しかった。この記録を元に、実際にアメリカは、ソビエトの主要都市を死滅させるために必要な原爆量を計算している。この報告書で知った痛々しい事実が、小学生の被害である。原爆投下時、各小学校で作業中だった子供達、実に1万7千人が焼け死んだ。70数校で、どの位置でどの様に死んでいたかも記録されている。これも殺傷能力測定のデータとなった。

どう考えても、アメリカは当時、日本人を人道的対象に見てはいなかった。広島で14万人を一瞬で殺した。長崎では7万人。東京大空襲では、2時間半で、10万人を焼き尽くした。日本用に開発した焼夷弾ナパーム弾を2000トンを、B29・300機に積み込んで焼き尽くした。しかもやり方が残酷で、先ず周囲にナパーム弾で火の壁を作り、逃げ出せないようにしてから、中を波状ジュウタン爆撃。皆殺しを実に計画的に成功させた。他にも宇都宮を含めて日本各都市を無差別爆撃。これにより更に10万人を殺した。無防備な都市住民を、合計20万人以上爆撃で殺した事実は、なぜ責められないのか。日本が戦争に負けたからなのと、黄色人種であるからなのだろうか。

広島に落としたウラン型の原爆と、長崎に落としたプルトニウム型の原爆は、なぜ急いで続けて落とされたのか。最初にあげられる理由は、種類の違う原爆の人体実験をやりたかったこと。これは間違いない。各殺傷能力のデータが欲しかった。そして、ソ連が8日に、不可侵条約を破って日本に宣戦布告したため、急いで9日に長崎に落としたのです。アメリカが急いだ理由は、実は日本がソ連の参戦によって、あきらめてポツダム宣伝を受諾しそうだったからで、その後では実験が出来ないから急いだのです。全く理不尽な話です。

戦争にまつわるこういった内容は、多くの国民がもっと知るべきだと思います。私のように自分で調べて頭を整理してゆくしか無くて、公的にこのような内容を子供達に教えてはいません。戦争を2度と起こしてはいけない、巻き込まれてはいけないという事を強く意識するためには、広く国民が事実を知るべきでしょう。

韓国への謝罪外交を現政府は選択しましたが、もう一方で、1965年6月22日の日韓基本条約締結で、当時の韓国の国家予算3.5億ドルのところで、無償金3億ドル・円有償金3億ドル・民間貸借3億ドル・を行い、軍事資産を除いたインフラ投資や資産53億ドル分を放棄しました。他に8億ドルの供与や貸与が行われたという事実を、国民に教えるべきです。日本は韓国を、本土以上に資金をつぎ込んで近代化しました。日本国の一部として発展させるべく投資したのです。西洋諸国が行う植民地のように、搾取するだけで投資もしないやり方ではありません。また、彼らを強制的に軍隊に入れた事実も無く、志願募集に対して、20倍から60倍の応募が殺到しました。昭和17年は志願兵募集4千人に対して、応募が25万4千人、実に62倍の競争率でした。創氏改名に関しても、制度として強制してはいなかったようで、諸説ありますが、任意であったはずです。

様々な、日本人としての歴史見解教育は必要です。歴史教育は、各国違った見解で教えてもいいものだと思っています。アメリカが、子供達に、原爆を落としたことで終戦が早まり、多くの日本人が死なずに済んだと教えて、広島に原爆を落としたB29エノラゲイが、記念館に飾られて讃えられても、今後のアメリカを支えてくれるアメリカを愛する国民を育てなければならないアメリカの教育は、そうなるのです。同じように、今後の韓国を支える韓国を愛する国民を育てなければならない韓国の教育は、昭和16年に日本に宣戦布告して連合国に加わり、勝利して独立を勝ち取ったと教えています。日本の敗戦によりアメリカの施政下におかれ、アメリカから独立したとは教えていません。国際的にはアメリカからの独立なので、サンフランシスコ平和条約の時、李承晩政権は連合国としての参加を求めたが参加できなかったのですが、しかし、韓国の教育は、独立戦争の勝利でいいのです。そのほうが国民の気持ちが強くなるからです。歴史教育はその国をになう次の世代をたくましく育て、この国を永続させてくれるような国民を作ることが目的でなくてはならないと思っています。したがって、その国の都合で、教育内容が違っていて当たり前と思っているのです。だって、他国の将来の永続を、自国サイドの歴史観を導入してもらうことで、保証させられて面倒見せられるのは無理だからです。

長くなりましたが、8月はやはり、いろいろ考えるのに良い季節です。

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高齢者の所在不明問題

毎日数字が拡大して行く、所在確認の出来ない100歳以上の高齢者数ですが、一体どうしてこのようなことがおきているのでしょうか?問題点は幾つかあります。第一は、行政の確認業務のいい加減さです。電話でも訪問でも、確認が取れないまま、台帳をそのままにして継続させていたことのお粗末さ!年金や扶助料の支給に関わるのですから、この怠慢による超過支給で、5年の時効を超えて回収できない分は、歴代の担当職員と上司で補填するべきものです。民間であれば確実に減給とボーナスカットになる事例ですから真剣にやりますが、役人の場合は、個人責任が給与と連動しないのでこうなるのでしょう。次の問題は、家族と出てゆく高齢者の家族関係です。お互いに連絡を入れないで過ごしてしまう身勝手さ!親としての子としての、社会の一員としての責任が在りるのに、この責任から逃避する大人が増えているということです。個人の考えプライバシー、個人主義の前に、社会が国家が家族があることを忘れては成りません。そしてこの先心配なのは、現在でも300万世帯を超える単身高齢者世帯が、20年後には700万世帯を超えます。孤独死も行方不明もこのままでは倍増します。放っておけば、不正受給もそれを引き出す詐欺も倍増します。

プライバシーという名に隠されたものは個人主義です。このまま価値基準が個人至上では日本は福祉で高齢者で破綻します。儒学のバイブル「大学」に、八条目があります。平天下・治国・齊家・修身・正心・誠意・到知・格物。物事の良し悪しが分かり、叡智を身につけ、考えを誠にし、心を正しくして、これらを持って我が身を修めれば、家が整い、国が治まり、天下が平和になるということです。

社会秩序維持は、個人の考えが何でもありでは成り立たないのです。今後日本は特に、個を求めた時代から、和によって社会を支える時代に戻るべきでしょう。関わらないように関わらないようにする風潮が、少々おせっかいな、おたがいさまの風潮になってゆく。縮小してゆく日本において、進むべき方向性だと思います。

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口蹄疫について

今日の下野新聞のコラム欄に、口蹄疫に感染した家畜は、人が食べても問題ないので、全て殺処分にするルールに再考を求める内容が書かれていました。OIE(国際獣疫事務局)の国際認定基準を例にとって、盲目的に、他国が主導する国際ルールに従うことを懸念しています。この懸念は正しいと思うが、こと、この口蹄疫に関しては、そう簡単ではありません。大量の健康な家畜にまでワクチンを打って、殺処分にすることは、確かに忍びないし無駄が多いように感ずるが、日本が口蹄疫汚染の無い「清浄国」であるためには、感染が広がらないようにするためのワクチン投与および殺処分は必要なのです。

では、なぜ「清浄国」でなければならないのか。日本のまわりのアジア各国は、ほとんどが「非清浄国」で、口蹄疫の汚染国です。日本が清浄国であるために、これらの国からの食肉の輸入を防いでいます。日本が非清浄国でよいとなれば、アジアやアフリカ各国からの、更に安い食肉の輸入を制限できなくなり、食肉価格は大幅に下がり、国内の家畜農家は競争にならず、壊滅するでしょう。また、約世界の半分はある清浄国への、牛乳や食肉の輸出が出来なくなります。日本の畜産を守るには、清浄国でいなくてはならないのが現状です。

今回、ワクチン投与した家畜を強制殺処分できる法律が無かったため、先ずは口蹄疫特別措置法の成立からやらなければならず、感染拡大防止に時間がかかりましたが、今後はこの経験で、すばやい対応が期待できるものと思います。私の畜産農家の友人に言わせれば、酢酸とクエン酸で口蹄疫は押さえられるそうで、政府にも情報は届いているそうですが、これから採用してくれれば、更に被害は少なくなるかもしれません。物事には様々な事情が絡み合っていますので、対処が難しいものなのですね。

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