月別アーカイブ: 2017年2月

川場 道の駅

長野からの帰りにちょっと遠回りをして、川場の道の駅によりました。有名な道の駅ですが一度も行ったことがなかったので、楽しみに行きました。雪で通路以外は真っ白けで入れず、大きな公園も使えない状況で、しかも水曜日でパン工房やほかの店も結構定休日で、お客さんもまばらでした。スケールの大きさは何とか想像できましたが、活気のある時にまた行こうと思います。家族から頼まれたお土産を見つけながら、ぐるっと一周して、1時間も居ないで返ってきました。益子まで高速だと2時間で行けますね。思ったより早かったです。

中身の感想はといえば、品ぞろえは多かったし、ピザ窯レストランやカフェ・パン工房やビール製造販売、陶芸体験やハムソーセージ加工販売など、見るところはたくさんあって、子供たちは大きな公園で遊べるし、滞在時間を長くとれる道の駅だなと感じました。ちょうど大きな増築中だったので聞いてみると、女子トイレ増築で10坪ほど建物を伸ばしていました。きっとクレームが多かったのでしょう。対応しながらまだまだ進化しています。

益子の道の駅もこれからが伸び代ですから、いいところで真似できるところをもらって、永く支持されるように育てなければなりません。今は課題が多いとご指摘が多いのですが、生まれてしまった子供は育てなければなりませんので、大勢様のご協力をお願いいたします。

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スペルト小麦の可能性

先日、長野県の麻績村に行きました。スペルト小麦を栽培している農家さんを訪ねて、その取り組みをいろいろ聞かせていただきました。白木さんと言って、3年間の地域おこし協力隊を終えて、今年度から新規就農者支援制度を使って改めて、麻績村の一農家になって頑張っています。協力隊時代からスペルト小麦を主流に就農する計画で麻績村に入り、こつこつと続けています。白木さんの仲間で地域おこしを民間の力で頑張っている久保田さんを紹介して頂き、商品を次々と打ち出すその行動力に感服しました。3000人弱の村ですが、いい人材がいます。

スペルト小麦とは小麦の原種の一つですが、収量が通常の小麦の半分以下で、所得安定補助金の対象でもないので、国内では数人のこだわりの強い人のみが細々と生産しています。現状日本で流通している小麦の99%は遺伝子組み換え済みの小麦らしく、それも小麦アレルギー発生の一要因ではないかとも言われています。お訪ねした白木さんも、子供のアトピーから有機無農薬のスペルト小麦つくりにつながっていったそうです。

私がこのように動いているのは、何か益子町の農業の将来を明るくする材料はないか?それを活かした加工品である程度の売り上げが作れないか?などなど、可能性を模索しているからです。今は非常に小さい市場ですが、今後の伸びは創れると思いますし、現状国内産は全く足りていない状況なので、取り組む価値ありです。ストーリー性もありそうなので、更に深堀りしてゆきます。

農家民泊の許可を得ている白木さんのおうちに泊めてもらい、かわいい子供達にも歓迎してもらって、民泊を広めるためのイメージも少し描きながら、夜中まで酒を酌み交わしてお互いの夢を語りあった楽しい訪問でした。必ず今後に生かしてゆきます。

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広島初訪問

先日広島に一人で行ってきました。益子町ではまだ広島の平和記念式典に中学生は送っていませんが、送るべきと強く主張する議員さんもいる中で、私は今まで一度も訪れたことがなかったので、思い立って行ってきました。初日の半日はまるまる平和記念資料館をじっくり見ました。一般の順路で見てゆく限り、おどろおどろしさは押さえている印象を受けました。個人的にはもっと悲惨な写真をカラーで出すほうが抑止につながるのにと思いましたが、子供達も来る施設ですから仕方ないのでしょう。ライブラリーで体験談とともに挿絵などをじっくり見ていると、より悲惨な状況が浮かび上がり、誠にひどい、そして長きにわたり苦しめる大量殺戮であったと理解できます。1952年に、被災した子供たちの手記をもとに作られた映画「原爆の子」をライブラリーで観て、1953年に作られた映画「ひろしま」同様、僅か7~8年でここまで復興しているのかと驚くとともに、たくましく生きる人々の強さと、その頃から多発する白血病などの突然死におびえる様子がうかがえて、戦後の庶民の生活の厳しさを知ることができました。日本人たる者、一度は訪れなければならないところだと思います。

次の日は呉の大和ミュージアムに行き、当時の日本の技術者のレベルの高さを実感すると同時に、未熟な政治がいかに多くの犠牲を招くのか、日本民族が陥りがちな偏った全体主義の恐ろしさを学びました。そして急いで宮島へ渡り、厳島神社参拝の後、大聖院から弥山へ登り、宿へ入りました。広島も宮島も宿はいわゆるドミトリーと言われる、主に外国人対象の格安宿を取りました。バックパッカーと呼ばれる一人旅の若者が良く泊まる、こういったドミトリーに泊まるのも初めての経験で、とても有意義でした。宮島のドミで一緒にUNOをやったメンバーは、オーストラリアのカップル・北京で歴史を教えているイギリス人の男子、博多に住んでいる中国人男子、フランスからの一人旅の女子と私。英語日本語中国語が飛び交って、非常に盛り上がりました。さながら私は日本語教師、あか・あお・きいろ・リバースは?=ぎゃく・・など、大変有意義でした。

益子町も海外からの個人旅行者を増やしてゆきたい方向ですので、彼らのような若者が安く泊まれる環境づくりも必要でしょう。今回ドミに泊まる目的も、そういった内情を知るためでした。百聞は一見にしかず、ですからね。

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