月別アーカイブ: 2013年8月

英文で東京大空襲を調べてみた。

この時期になると戦争のことをいろいろ調べたりするのですが、東京大空襲をそもそも英語で何というのかを知らないことに気づいたので調べてみました。firebombing of tokyo  とか the great tokyo air raid などです。外人と英語で意見交換する機会があったら困るから覚えておきましょう!ちなみに、なぜアメリカが爆撃の戦略を、一般市民をも対象にしたのかが、あるアメリカの大学の講義に出ていたので、辞書を片手に読んでみますと、なんともあり得ない理由でした。戦勝国だからホロコーストの罪に問われないだけで、根拠自体が独善的で話になりません。当時のアメリカ政府の公式な考え方が以下のようなことだったそうです。

The targets were the industrial districts of Tokyo, where factories were often flanked by working-class neighborhoods. Since the labor and morale of Tokyo’s workers were viewed as central to Japanese resistance, U.S. officials believed that the “necessity of war” concept justified their decision to strike against Japanese citizens. ”ターゲットは東京の工業地域で、工場はしばしば労働者階級の住む近所にあった。東京の労働者や労働階級は、日本の抵抗勢力の中心と見られていたので、アメリカは公式に、日本の一般市民を攻撃することは戦争に必要な正しい考えだと信じていた。”

一晩で焼き殺した10万人以上の下町の老人や女子供たちが、レジスタンスの中心だなんてどう考えたら出てくるのでしょう。逃げられないように先ず周囲から焼夷弾を落とし、消防車をねらい打ちして、全て焼き尽くし確実に皆殺しをねらうやり方は、2時間半の短時間の爆撃で最大の効果を上げました。他にも日本の各都市が無差別爆撃に遭って、東京以外でも10万人の一般市民が死にました。原爆でも当時で15万人以上死んでいます。原爆の日は皆さん知っていても、東日本大震災の3月11日は忘れなくても、10万人が一晩で焼け死んだ東京大空襲の3月10日は、ほとんど報道されませんし記憶されていません。

日本人が忘れてしまうような東京大空襲を、外人と議論するために英和辞書をペラペラめくっていることが、意味がある事かどうか分かりませんが、いつか英語で彼らに、どのように思っているのか聞いてみたいと思っています。

 

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祇園祭の夏・・・終了

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6月30日のあじさい祭りに始まって、7月23.24.25日の祇園祭、そして昨日の塙の反省会まで、とうとう今年の祭り行事の全てが終了しました。楽しかったな~。大勢の仲間がみんなで楽しめるから、祭りは本当にいいですよね!おじいさんから子供まで、それぞれに役割があって、みんなが主役で、それぞれの夏の思い出がいっぱいできたと思います。それこそお囃子の練習は1年中やっていますから、なんか、1年が夏祭りの準備のために過ぎているようような感じです。

反省点は今年もたくさんあるけど、来年はもっとみんなが楽しめる祭りにするために、改善します。お祭りに関わる全ての町内の方々に心から感謝して、良き仲間がたくさんいることを天に感謝して、私の今年の夏祭りが終了します。みんな来年もよろしくね!

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お伊勢参り

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伊勢神宮は20年に1度、内宮・外宮・別社を建て替えて神様にお移りいただく・式年遷宮を行っています。今年はその62回目の式年遷宮。10月始めに神様がお移りになられるので、今は新旧同じ建物が2つ建っています。その内宮の新しいお宮の庭に、白い石を敷き詰める奉祝行事・お白石持ち行事に参加してきました。7月26日から8月12日まで行われますが、私は8月4日に参加してきました。日本全国から集まった8月4日の参加者は4300人。伊勢市民の多くのボランティアの方々に支えていただいて、楽しく参加できました。平成18年5月に、お宮の棟持ち柱を曳いてゆく行事・お木曳き行事があって、これに参加したときから、お白石持ち行事にも参加したいと思っていましたので、本当に叶って感無量でした。途中戦国時代などで出来なかった時期も合わせて、1300年間も日本人が行ってきた式年遷宮行事に、少しでも参加しご奉仕出来たことは、良き日本人を目指す私にとっては大変意義のある事でした。このまま式年遷宮がずっと続き、日本が永遠に続くことを願っています。まさに君が代(日本国)は千代に八千代に・・・の思いです。

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もう一つ嬉しかったことは、1日目の宿泊先が、愛知の三ヶ根グリーンホテルだったと言うことです。旅行工程表のホテル名を見た時、昭和天皇がお泊まりになって、東京裁判に従い12月23日(今上天皇のお誕生日)に絞首刑が執行された7人(板垣征四郎・土肥原賢二・東条英機・武藤章・松井石根・広田弘毅・木村兵太郎)を弔っている殉国七士廟に向かい、ホテルの部屋から追悼していたという話を思い出した。昭和54年に愛知県で全国植樹祭が行われた際に、会場から遠く離れた三ヶ根グリーンホテルになぜ天皇皇后両陛下はお泊まりになられたのか。それは三ヶ根山頂にある殉国七士廟に最も近いからに違いなかった。政治的理由からでしょうが、直接お墓参りは出来ないので、最も近いホテルの部屋から追悼なさっていたのです。

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ホテルに着いてすぐ宴会前に、タクシーで殉国七士廟に行って来ました。10分かからずに着きました。七士の墓以外にも、生き残った同士達が建立した各部隊の追悼の碑や忠魂碑が、いくつも建っていました。今は少し管理も手薄な様子でしたが、荒れてゆかないように願います。だれも戦争がしたくてやった者はいません。いろいろな世情・事情・状況で入っていってしまったのです。兵隊さん達は皆、国や仲間や家族の為に戦ったのです。その御霊よ安らかにとどうして正面から祈りに行けないのでしょう?人として自然な優しい感情を、私は素直に表現します。感謝の心を素直に育てます。そして少しでも良い日本人になりたいと思います。

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