月別アーカイブ: 2012年4月

鎌倉・小町通りDeお仕事っていいな

友人のオフィスを訪ねた。なんと鎌倉の鶴岡八幡宮表参道の脇、小町通りのビル3階にオフィスがある。めっちゃイイ環境で、最高の仕事をしている。ベンチャーのWebサイト制作会社で、忙しく楽しく熱く制作している。創業してわずか7年目だが、社員も10名になり、着実に業績と評価を積み重ねていて、実にたのもしい。彼らと私のつながりは「東京de寺子屋」という勉強会でお互いに学び、良き友人であり学友である。Web制作会社なのに、偉人の勉強が大好きで、社員みんなで学んでいる。心の学びを続けていることが、彼らの強みであり魅力につながっていると心から思っている。

栃木から、私の友人を紹介する目的で彼らを訪ねた。Webの仕事でお互いの役に立てばと思って連れて行った。プレ面接のようなものだ。ここから先は当人達の話で、私の手は放れたが、縁があればつながるだろう。

私は、人は誰かの何かの役に立つために生きている生かされていると思っている。世のため人のためが自分のためだと本気で思っている。まだ人間をやっている以上、すべての行動がその通りにとは行かないが、基本は揺らがない。おせっかいでも、少しでも役に立てそうだったら、気づいてしまったら、気づかさせて頂いたら、出来る限りそのように行動しようと思う。例えば、歩いていて道ばたのゴミに気が付いてしまったら、拾えっていうサインを頂いたと理解して、無理のない範囲で気づきは実行する。そうするといろんな事に気づかせて頂けるようになり、運もどんどん良くなる。

だから自分に出来ることは、少々おせっかいと思っても実行しようと、今回の鎌倉訪問となったわけです。まあ、連れて行ったのが女性だということも、お節介のモチベーションにはかなり成っていることは認めますが。

今回の訪問は、私にとっても有意義でした。「俺も負けてらんね~なっ!」という気になりました。男同士の真の仲間は、お互い刺激しあえるから長続きするものです。私も力がわいてきました。良い仲間は持っておくものです。幸せにも私には、刺激し会える仲間が何人もおります。長く友人で居られるように、私も負けてられません。

 

 

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TOSS(教師のスキルシェア組織)の活動から

先ほどまで、TOSSの栃木県代表の方と話をしていた。以前からTOSSの活動は知っていたが、直接関係者と話をしたのは初めてです。自分たちで集まって、教材研究や授業スキルアップ、教師としての様々な力量を付けるために集まっている組織です。確かゆとり教育の始まりの時も、教科書から省かれてしまった大切な部分を、補強する教材を自分たちで作っていたと思う。当時は流れに反する批判を受けたと思うが、ゆとり教育の失敗が認知された今日からふりかえれば、こっちの方が正解だった。

栃木県でも11の地域に分かれて、毎月お互いに研鑽しているという。若い先生方を対象にしたスキルアップの研修も企画して行っているという。こういった事こそ、本来教育行政で行う事である。

前々からおかしな事だと思っているが、大学出の新卒教員もベテラン教員も、お互いOO先生と呼び合い、クラスを持てば相互不可侵という、教育界の非社会的慣習。実力も人間性も実経験も、雲泥の差の教員同士に明確な上下が無い世界はおかしい。勘違いをして世間からずれる可能性が高い。

師範学校の在りし頃は、教育の目的は、国家に対する人的貢献であるという事は肝に銘じられていた。眼前に居並ぶ幼子らを通して、他日、20年後30年後の現実社会の一角を改めずんば已まず!という絶大な願いを内に抱き、心血を注ぐ教員を目指させた。森信三先生の本にそうあった。その時に彼らを助ける立派な道具を持たせたくて、各教科を教授するというのが順番だ。今の教育には、芯にあるべき人的貢献の目的が影を潜めてしまった。

親も、森進一の「おふくろさん」の歌詞にあるように、「おまえもいつかは世の中の、傘になれよと教えてくれた」ように、少なくとも人様に迷惑を掛けないように、出来れば世の中のお役に立てるようにと、育てました。この基本に、日本全体が原点回帰しなければ、社会の病魔は増殖するばかりです。

TOSSが勧める「親学」も、家庭教育の原点回帰を進める活動の一つでしょう。親がどうあるべきかを学び、つまり人間としてどうあるべきかと共通すると思いますが、そして今わかっている効果的対処法の学びもあります。これも日本全体のあるべき原点回帰への、重要な入り口だと思います。

教育行政が大手を振って、堂々と毅然とした態度で、日本のあるべき原点回帰を押し進める日を目指して、今後必ず活動します。

今日は良い情報収集と課題設定が出来ました。

 

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今年は育成会長

地元の塙地区で、育成会の執行部に入って5年目に成りますが、順番的にそろそろ会長をやらなければならないので、選挙の絡まない年にやろうと思って、今年の会長になりました。21日の土曜日に、今年の会長さん達を一堂に集めての研修会がありました。昔に比べて外の遊びや地域と子供達とのつながりの薄れてきている中で、育成会活動の重要性が増してきていること。一つでも新しく、子供達の活動企画を増やしてもらうための情報提供と講演など、町の生涯学習係を中心に行いました。参加率は低かったと思いますが、来ている会長さん同士の情報交換が一番ためになりました。

育成会の役割って、つきつめると何なのか?子供達の健全育成!。地域でそこをどう底上げするのか?主催する事業でそれをどう達成してゆくのか。真剣に考えると、やっていることの矛盾やピントはずれも見えてきます。だからといって大きく変えるのは至難の業!多くの育成会は、前年踏襲の事業を行うのみが現状です。きっと昔のように、海に連れてゆくとか、キャンプするとか、ドッチボール大会とか、カルタとり大会とかミニ運動会とか、とにかく多くの子供達を参加させてわいわい集団でさせることが育成会らしいのでしょうね。今はなかなか集まらないのも悩ましい現状です。少々のお菓子くらいでは来ないものね。

とにかく今年度は私が会長ですので、本筋の役割を意識して、各事業に取り組みます。とは言っても、すそ野をどうやって広げてゆくかが、何しろ課題です。

 

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尊厳死について・・私見

私の知り合いが、新聞投稿に「尊厳死」について投稿していた。自分も70をすぎ、3月に超党派の国会議員により公表された尊厳死法案に対して、賛同できるという内容だった。私も同感であり、数年前から自論として持っている。

何年も施設に入った寝たきりの親の洗濯物を、週に何回か取り替えに行っている70過ぎの夫婦と話しても思ったし、母親が90歳の時に、繰り返す肺炎を防ぐために、チューブで胃に栄養を送る「胃ろう」という治療の開始を医師に迫られ、治療なしなら家に連れて帰らなければ成らず、胃ろうを始めれば病院に居られるが、その代わり何年かよけいに生きるでしょうと言われての選択で、胃ろうを選んだ当時70代の娘さん。そして母親は今年99歳で、生きる屍状態だが今も世話をしている80を過ぎた方の苦労話を聞くにつけ、緩和ケアを行っている医師の今までの患者さんの生と死の話を聞き、自分が団塊の世代の医師だから、自分たちが自分たちの尊厳死についてレールを引かなければならないと言う、次世代への負担を潔しとしない考えを聞くにつけ、さらには、両手足が動かないおばあちゃんの食事介助をしたとき、毎日ベッドでおじいちゃんの写真を見ながら、早く迎えに来てくださいと泣いている姿を見てつくづく思う。現実の日本の医療費の上昇と、団塊世代が80過ぎになる頃のさらなる医療費の急上昇を見据えても、どうしても避けては通れない課題なのです。執拗な医療行為は果たして人間のためなのでしょうか、それとも医学の進歩という名の人類のエゴなのでしょうか。

クリントイーストウッド監督主演の「ミリオンダラーベイビー」という映画で、安楽死を扱っていました。アカデミー賞4部門獲得の映画でしたが、映画のケースなど、まさに早く死なせてあげたいケースでした。現在オランダ、ベルギーは安楽死法、フランス、アメリカはオレゴン州、ワシントン州などは尊厳死法を成立させています。

私は少なくとも「リビングウィル・尊厳死の宣言書」は、もう書いて所持しておこうと思う。私は様々な経験と学習から、生きることは、自分以外の何かしらに役に立つことが目的だと信じている。役に立てなくなったら私の生の目的は終了するので、動けなくなったら死なせてほしい。本気でそう思っている。その意志は、意志の示せるときに継続的に書いて所持しておかなければ、いざというときに間に合わない。フランスでは3分の1の成人が書いていると聞く。日本に比べて、国民が大人なのだな~と思う。

死を考えるときには、生きるという事を深く考えないと答えは出ない。死に対して腹が決まってくると、生を活かし切ることに力が入り、よりよい生を生きられるものだと教わっているがその通りだと思う。

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友人訪問  ホームスクールの話

ホームスクールで子供を育てている友人を久しぶりに訪問した。行くといつも話が長くなって、今日も2時間は居て話し込んでしまった。確か今年で4年目になると思う。きっかけは、下の子供の小学校1年生時の学校との見識の違い。自然児?的な自由奔放さに困った学校が、特別教室への移動か転校を打診して来たことだったと思う。結局はIQが高いことが原因していたことが判明したが、その間に友人夫婦は、ホームスクールでの子育てを決心し、今も行っている。今年中学生になるお兄ちゃんも同時期からホームスクールにしている。当時自分で判断させたときは、1ヶ月間吐くほど悩んで自分で決断した。

心配していた社会性は、家族という社会の中での教育がしっかりしているので、同年齢に比べてむしろしっかりしている。友達も自分で選んでつながっている。学力に関しては、どうもすごいことになっているようだ。物事の見方や考え方、思考の作り方や組み立て方の回路をしっかり作ることを先にやっているので、尋常ではないらしい。私の一般の回路とはもう既に異次元だと思う。

選んだ道をしっかりと着実に、問題点も意識しながら組み立てているこの夫婦も尋常ではない。学校や教育委員会にも必要な報告はして状況は共有しているので、お互い無理はしていない。適度な距離の中で共存している。この共存できるバランスのある夫婦だから出来ていることであり、はっきり言って能力が高い。私にはとてもまねできない。

私は時々訪問して自分の肥やしにもしているし、何か必要なときは声を掛けてもらえる窓口に成ろうとしている。子供達も気になるし。

今の学校制度や教職員、カリキュラムや制度などについて、実際はどこまで考えて出来ているのかはなはだ疑問になってくる。この夫婦と話していると本当にそう思う。教育にとって本当に必要な事は何なのか、教育の目的は、教師の本懐は、大人社会の責任は、政治の目的は、国家の目的は、そのための制度は、指針は、理念は・・・いろいろ考えなければならないことがたくさんある事に気づく。考えてから行動しないと無駄になってしまうことが多い。現実今の日本の社会は、その無益な仕組みの中での無駄を積み重ねている日常が多く、まずはそこに疑問を持たなければ始まらない。よく見ればそんな矛盾は簡単に見つかる。

1つでもその解消に尽力したいと、町議という、最も小さな単位の政治に関わる者としてそう思う。

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久しぶりの献血

2年ぶりに献血しました。日曜日のジョイフル本田に、献血車が来ていたので、一人だし時間があったので久しぶりに行いました。驚いたのは若い人が多かったこと。私の前後は昭和60年代でした。小学生の子供を遊ばせておいて、献血している30歳ぐらいの夫婦も居ました。明らかに20代の女性も居たし、私より上よりも、下の年齢の人が多かったのには驚きました。しかも待ちが出るくらいひっきりなしに人が来ます。いいことですよね~。震災と関係あるかどうかはわかりませんが、改めて人の優しさ、絆を意識したところでした。

勧められて、骨髄バンクのドナー登録もしました。実際に髄液を抜くときは3~4日の入院などが必要のようで、時間的にしんどそうですけど、そのときはお役に立とうと思います。私が献血している途中でも、他に2人が登録していました。まだまだ足りないのが現状のようです。

日曜日のジョイフル本田は、多くの人が出ますので、午前中からずっと人が切れめ無く献血してくれているそうで、赤十字の方も喜んでいました。

今回の献血のきっかけは、エレベータに乗ったときに乗り合わせた若い親子が献血車を見つけて、今日できるかの会話をしている場に居合わせて、今僕が出来る状況でこれを聞いたと言うことは、やれっていう天のメッセージだと思ったので、それに従いました。こういうメッセージ的な気づきを、僕は結構大事にします。できるだけやろうとします。

私は毎朝、お互い助け合い、支え合い、分かち合い、いたわり合って、共存共栄できる世の中づくりの実現に、お役に立たせてくださいと、神仏にお願いしています。なかなか出来ませんが、日に一度は意識する習慣にしています。

毎朝そんなふうにお役立ちをお願いしているので、それっぽい信号かなと気づいたときは大事にします。だってお願いをしておいて、信号を無視し続けたら、神仏に見放されるじゃないですか。地盤看板カバンのない私にとっては、運は非常に大事です。運を司る見えない力に支えてもらうことは重要なんです。

特定の学びからではなく、哲学、儒学、武士道、仏教、神道、様々な人間学から得た真理らしきものを私は持っています。それにできるだけ従おうとしています。人間ですから、そうきっちりは出来ませんが、基本ははずせません。真理を知ってしまったから。

献血の後ろの、こんな超マニアックな思考プロセスを解説してしまいましたが、人っていろんな事を考えてるという一例として書いてみました。つまらなかったらごめんなさいね。

 

 

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