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産業界の凹みを、復興支援というインセンティブで取り戻せ!

地震発生から早くも17日がたちます。ようやく益子でもガソリンが並ばなくなりました。屋根工事もいくつか始まっています。24節気のひとつである “啓蟄”(土中の虫たちも動き出す)に遅れること20日あまり、ようやく世の中の人と経済が動き出した感があります。経済界が早く回復し始めないと、日本 国そのものが世界で稼げなくなり、危機が国中に及んでしまいます。地震と津波だけでなく、さらに原発の被害の広がりも重なって、まさに未曾有の国難に直面 しています。こういう時こそ政治が力を発揮するときです。

全体のために何を優先するか?これを英断し実行できる政治家が求められています。地方においてそれは何か?益子の場合、観光イチゴの来場不足をどう 補うか?焼き物の販売減はどうするか?基本は被災していない地域への直接復興支援販売かと思いますが、早く動いた産地の勝ちでしょう。募金活動ではなくて 直接に買ってもらって復興支援してくださいという方法です。他にもいろいろ考えられるでしょうが、各業界がうまく行政のお墨付きを利用して、早く動くこと が寛容でしょう。地方においては地場産業、国においては自動車や家電などの基幹産業の凹みを、政治を使っていかに取り戻すか!震災復興というインセンティ ブをおもいきり前にだして、ホットなうちに稼ぎを出すことも必要だと考えます。

 

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地震発生から10日

3月は平成23年度の予算を審議する議会が2日から11日まで行われていました。その内容をこのHPで少し書くつもりでしたが、11日の地震でそれ どころではなくなりました。地震発生時は、まさに議会の最終日の最終段階でしたので、第一波が収まってから、ゆれる議場で急いで議決と報告を済ませて議会 を終了させました。その後、町内へ飛び出して状況を見て歩きましたが、地割れや塀の倒壊、瓦や壁の崩落など、ひどいものでした。

あれから1週間。今日雨が降るまで、私は自宅の屋根も含めて10数件、20回以上屋根に上りました。本格的な雨が降る前に、雨漏れよけのシートをか けて回りました。ハシノホームで建てたお客さんや、その近所でどうしても頼まれたお家や、屋根やではありませんが、2連梯子をかけて2階の屋根に登り、土 のう袋も150袋以上上げました。やっと今日の雨で、体を休めています。この1週間で2キロ痩せました。

不動産協会から、福島からの避難者への住宅供給の世話を頼まれています。長期化を見込んで、借家等への居住を希望している方が増えています。できる だけ対応して差し上げようと動いていますが、私どもの仲介料はいただきませんが、家賃の発生することですから避難者は大変です。それでも大家さんからすれ ば、短期かもしれないし長期かもしれない方に、お貸しするリスクもあります。その分通常の借主を失うわけですが、何棟か大家さんのご理解を得て、借家を案 内できるようになりました。

屋根の修理もいつまでかかるのか分からない状態です。知り合いの瓦屋さんは、1000件までは受けたが、さらに1000件断ったそうです。まともに やっていたら、10年かかっても終わらない量です。資材もそこまでないし、どうなってしまうのかまったく読めない状況です。ましてや内部の修理などは、瓦 以上に件数がありますから、どこまでやるのかによりますが、職人も資材も、まったく足りない状態が続くでしょう。

しかし、日本全体の経済が必要以上に縮小してしまわないように、工場系は早く生産できる体制を整えて、雇用まで失うことの無いように、動きだせる経 済は活動開始してもらわないといけません。体制が整わないで経済が回らないだけでなく、自粛ムードが行き過ぎて経済が停滞すること心配です。災害の無かっ た産業まで、売り上げが激減して雇用が維持できなくなることの無いように、消費は早く回復して欲しいものです。

とにかく、未曾有の災害、1000年に1度の大地震のようです。こんな大きな災害だからこそ、これを国民の総力を挙げて乗り越える中で、助けあい、 いたわりあい、本当に大切なものを確認し、さらに素晴らしい日本国民が育つ機会にしなければなりません。生と死、順境と逆境、普段では身近に少なく意識が 足りなかった貴重な経験を、多くの国民が体験しました。ここで日本国民は、さらに大きく成長します。そのための機会にしなければ、2万人の犠牲者に申し訳 がありません。私は頑張ります。信念を持ってこの路線で進みます。

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