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実語教

江戸時代の寺子屋において童子の教育にもっとも多く使われていた徳育の教科書がこの実語教ですが、実に鎌倉時代にはすでに童子教育に使われ始めていました。その起源は嵯峨天皇時代の護命僧正といわれており、だとすると西暦800年頃に作られたことになります。江戸末期までの実に1000年以上にわたって庶民の徳育教育のベースとなっていたということは、実語教の内容そのものが日本人の道徳観の根底にDNA化して刻み込まれていると言ってもよいと思っています。昭和の初めまでは実語教の存在は比較的知られていた様ですが、戦後確実にこの道徳観は教育界から消え去りました。しかし、この道徳観が教えられなくなってまだ100年足らずです。1000年間しみこんだDNAはそう簡単には消えないと思っていますので、ひそかに自学して人様に広めたいと思っております。ちなみにやっと私も実語教を暗唱できるようになりました。忘れないようにするのがこれから大変ですが、いつでもそらで言えるようにしておくことで、まずは自分の生活に少しでも反映したいと思っています。 

以下ホームページより移してきましたのでご覧ください。

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本書は、小引の後に本文があり、本文は最初に緒言、その後の本体部分は、実語教本文2句ずつ(返り点付き)に解釈・解説を付す。上部欄外に振り仮名付きの書き下し文を記す。

このファイルでは、小引は省略し、書き下しを掲げ、最後に本文部を掲げる。  

            新釈実語教        富士川 游 述

 

山(やま)高(たか)きが故(ゆへ)に貴(たつと)からず

樹(き)あるを以(もつ)て貴(たつと)しとなす

人(ひと)肥(こえ)たるが故(ゆへ)に貴(たつと)からず

智(ち)あるを以(もつ)て貴(たつと)しとなす

富(とみ)はこれ一生(いつしやう)の財(たから)

身(み)滅(めつ)すれば即(すなはち)ち共(とも)に滅(めつ)す

智(ち)はこれ万代(ばんだい)の財(たから)

命(いのち)終(おは)れは即(すなは)ち随(したが)つて行(ゆ)く

玉(たま)磨(みが)かざれば光(ひかり)なし

光(ひかり)なきを石瓦(いしかはら)となす

人(ひと)学(まな)ばざれば智(ち)なし

智(ち)なきを愚人(ぐにん)となす

倉(くら)の内(うち)の財(ざい)は朽(くち)ることあり

身(み)の内(うち)の才(さい)は朽(くち)ることなし

千両(せんりやう)の金(こがね)を積(つ)むと雖(いへど)も

一日(いちにち)の学(がく)には如(し)かず

兄弟(きやうだい)常(つね)に合(あ)はず

慈悲(じひ)を兄弟(きやうだい)となす

財物(ざいもつ)は永(なが)く存(ぞん)せず

才智(さいち)を財物(ざいもつ)となす

四大(しだい)日々(ひび)におとろへ

心神(しんしん)夜々(やや)にくらし

幼(いとけな)き時(とき)勤学(きんがく)せざれば

老(おひ)て後(のち)恨(うら)み悔(く)ゆと雖(いへど)も

尚(な)ほ所益(しよえき)あることなし

故(ゆへ)に書(しよ)を読(よ)みて倦(う)むことなかれ

学文(がくもん)に怠(おこた)る時(とき)なかれ

眠(ねむり)を除(のぞ)いて通夜(つうや)に誦(じゆ)せよ

飢(うゑ)を忍(しの)びて終日(しゆうじつ)に習(なら)へ

師(し)に会(あ)ふと雖(いへど)も学(まな)ばざれば

徒(いたづら)に市人(いちびと)に向(むか)ふが如し

習(ならひ)読(よ)むと雖(いへど)も復(ふく)せざれば

只(たゞ)隣(となり)の財(たから)を計(かぞふ)るが如し

君子(くんし)は智者(ちしや)を愛(あい)し

小人(しやうじん)は福人(ふくじん)を愛(あい)す

富貴(ふうき)の家(いへ)に入(い)ると雖(いへど)も

財(ざい)なき人(ひと)のためには

なほ霜(しも)の下(した)の花(はな)のごとし

貧賤(ひんせん)の門(もん)に出(い)づと雖(いへど)も

智(ち)ある人(ひと)のためには

あたかも泥中(でいちう)の蓮(はちす)の如(ごと)し

父母(ふぼ)は天地(てんち)の如(ごと)く

師君(しくん)は日月(じつげつ)の如(ごと)し

親族(しんぞく)はたとへば葦(あし)の如(ごと)し

夫妻(ふさい)はなほ瓦(かはら)の如(ごと)し

父母(ふぼ)には朝夕(てうせき)に孝(かう)せよ

師君(しくん)は昼夜(ちうや)に仕(つか)へよ

友(とも)に交(まじは)りて諍(あらそ)ふことなかれ

己(おのれ)より兄(あに)には礼敬(れいけい)を尽(つく)し

己(おのれ)より弟(をとおと)には愛顧(あいこ)をいたせ

人(ひと)として智(ち)なきものは

木石(ぼくせき)に異(こと)ならず

人(ひと)として孝(こう)なきものは

畜生(ちくしやう)に異(こと)ならず

三学(さんがく)の友(とも)に交(まじ)はらずんば

何(なん)ぞ七覚(しちかく)の林(はやし)に遊(あそ)ばむ

四等(しとう)の船(ふね)に乗(の)らずんば

誰(た)れか八苦(はつく)の海(うみ)をわたらむ

八正道(はつしやうどう)は広しといへども

十悪(じうあく)の人はゆかず

無為(むゐ)の都(みやこ)は楽(たの)しと雖(いへど)も

放逸(はういつ)の輩(ともから)は遊(あそ)ばず

老(を)いたるを敬(うやま)ふは父母(ふぼ)のごとくし

幼(いとけな)きを愛(あい)するは子弟(してい)のごとくせよ

我(われ)他人(たにん)を敬(うやま)へば

他人(たにん)また我(われ)を敬(うやま)ふ

己(おのれ)人(ひと)の親(おや)を敬(うやま)へば

人(ひと)亦(また)己(おのれ)が親(おや)を敬(うやま)ふ

己(おのれ)が身(み)を達(たつ)せんと欲(ほつ)するものは

先(ま)づ他人(たにん)を達(たつ)せしめよ

他人(たにん)の愁(うれひ)を見(み)ては

すなはち自(みづ)ら共(とも)に患(うれ)ふべし

他人(たにん)の喜(よろこ)びを聞(き)いては

すなはち自(みづ)から共(とも)によろこぶべし

善(ぜん)を見(み)ては速(すみや)かに行(おこな)ひ

悪(あく)を見(み)てはたちまちに避(さ)けよ

善(ぜん)を修(しゆ)するものは福(ふく)を蒙(かう)むる

たとへば響(ひびき)の音(おと)に応(おう)ずるが如(ごと)し

悪(あく)を好(この)む者(もの)は禍(わざわひ)をまねく

あたかも身(み)にしたがふ影(かげ)の如(ごと)し

富(と)むといへども貧(まづ)しきを忘(わす)ることなかれ

貴(たつと)しといへども賤(いや)しきを忘(わす)ることなかれ

或(あるひ)は始(はじめ)は富みて終(おは)りに貧(まづ)しく

或(あるひ)は先(さき)に貴(たつと)くして終(のち)に賤(いや)し

夫(そ)れ習(なら)ひがたく忘(わす)れやすきは

音声(おんしやう)の浮才(ふさい)

また学(まな)び易(やす)く忘(わす)れがたきは

書筆(しよひつ)の博芸(はくげい)

但(ただ)し食(しよく)あれば法(ほう)あり

亦(また)身(み)あれば命(いのち)あり

猶(な)ほ農業(のうぎやう)を忘(わす)れず

必(かなら)ず学文(がくもん)を廃(はい)することなかれ

故(ゆへ)に末代(まつだい)の学者(がくしや)

先(ま)づこの書(しよ)を案(あん)ずべし

是(こ)れ学問(がくもん)のはじめなり

身(み)をはるまで忘失(ばうしつ)することなかれ

 

 

 山高きが故に貴からず、樹あるを以て貴しとなす。人肥えたるが故に貴からず、智あるを以て貴しとなすといふ文句を冒頭として、児童のために教訓の事を説きたる「実語教」は、「庭訓往来」、「女今川」などの類と共に、明治維新前には、寺小屋にて児童のための教科書として盛に用ひられたものであつた。その作者は護命僧正であると伝へられて居る。護命僧正は南都元興寺に居つた高僧で、嵯峨天皇の弘仁七年に僧都となり、仁明天皇の承和光年に年八十五にして亡くなられた。平仮名のいろははこの護命僧正が作られたと」言はれて居るが、「実語教」がこの護命僧正の作であるかどうかは明瞭でない。或は護命僧正よりもつと後の僧侶の手になつたものかも知れぬ。しかしながら、「実語教」の書が古くから世に行はれて居つたといふことは長門本の「平家物語」の中に『山法師の習へる山高故不貴とはかやうのことを申すベき』とあるにても知られる。又同じく「平家物語」の中に源三位頼政が山門(叡山)と南都とをかたらひたるに山門が忽ち心変りせしを南都の法師が憤慨して「座主経」一巻、「実語教」一巻を作りてこれを根本中堂に送つた。さうしてその「実語教」といふのは『おりべはいつたんの宝、身滅すれば則ち共に破る、恥はこれ万代のきず、命終れども共に滅することなし、欲はこれ一生の恥、恥なきをもて愚人とす、四大日日に衰へ、三たふ夜々くらし、云云』とありて、戯れに「実語教」の文句に傲ひて叡山の僧侶を罵倒したものである。稍々後になりて鎌倉時代の末期無住法師の「雑談集」にも『箱根山中葦河宿にて或旅人実語教を誦して曰ふ、山高きが故に不貴、飯大なるを以て為貴云云、家主とりあへず誦して曰ふ、人肥えたるが故に不貴、以賃多為貴と、互に入興して飯大にして賃多くしたりけるといへり云云』との笑談が載せてある。これ等の事例によりて見るも、「実語教」の一事は鎌倉時代の末期には既に広く世に行はれて居つたものと思はれる。

 実語といふ文字は「法華経」を始として、「涅槃経」、「金剛経」、「大般若経」などにも出て居るもので、それが仏教の経典に本づきたることは疑を容れぬことである。従つて「実語教」が僧侶の手になりたることも事実に近いものとすべきである。しかしながら、当時行はれたる儒教の所説をも採用して、初学のものに適切の教訓を説きたるもので、しかもその書が近代に至るまで、庶民教育の根本をなして居つたことを考ふれば、我邦の精紳文化の発展の跡を顧みて、この「実語教」の如きはまことに尊重すべきものであると言はねばならぬ。よりて私はここに新にその意義を解釈して、これを現代の人人に提供し、少なくとも現に家庭の主人たる母親若しくは将来に於て母親たるべき人人に対して、この書を一読あらむことを要求する。

 

 

山高故不貴  以有樹為貴

 

山はいかほど高くても、高いのみで貴しとすべきではない。山にはもろ/\の樹がある故に貴いのであると、たとへて言ふのである。

 

 

人肥故不貴  以有智為貴

 

前の句に対して、人もただ肥えたるのみでは貴しとせず。智恵があればこそ貴しとすると説く。人食らひ、肥えて智恵なきは飯の袋であるとも言ふべきである。

「大学」に『其身を修めむと欲するものは先づ其心を正しふす。其心を正しふせむと欲するものは先づ其意を誠にす。其意を誠にせむと欲するものは先づ其知を致す。知を致すは物に格るにあり、物格りて而して後に知至る、知至りて而して後に意誠なり』とある。その意味は身を修めむとするには、一身の主たる心を正しくすべく、心を正しくせむには夢を誠実にせねばならぬ。さうしてをの意を誠にするには、先づ自分が接するところの事物につきてその道理を究め、これによりて知を推し究めて善意・是非の弁別に惑ふことのないやうにすることを要する。しかしながら、かやうに、世間の事物の上にはたらく知慧は仏教にて俗智若しくは後得知と名づけられるもので、この俗智によりて、我我は是を是とし、非を非とし、それを本として生活をつづけて居るのであるが、それは常に我我をして迷執の世界に入れしめるものである。それ故に、仏教にては、かくの如き俗智を排して、真智を貴ぶのである。真智とは諸法の実相を照すところの智恵で、これを根本智又は如理智と名づくるのである。我我は固より性得、かやうな真智を持つて居らぬのであるが、しかし、深く内観してその羸劣にして、如何ともすることの出来ぬところの自分の心を識ればそこに真智の光に照らされることが出来る。儒教でも真の学問は物外のへだてなく、至極無私にして、私案を離れて物に順応することであると説く。李子の曰く『学問の道は多言にあらず、ただ黙坐して心を澄まし、天理を体認し、若し真に見るところあれば一毫私欲の発すると雖も亦退て聴はん』とありて、真の学問といへば行を本とし、文学は枝葉であるとせられる。それ故に、智恵といふものをば、深く内省して、考へれば、結局、真に自己の心の相を知ることが真の智恵であると言はねばならぬ。ここに智とあるのも、普通に考へれば、事物の道理を弁へる智恵のはたらきを指すのであるが、身を修め心を正しうすることの方面から深く内観すれば、真に自己の相を知ることの智恵であるとせねばならぬ。簡畢に言へば自覚である。事物の道理を弁へるといふことの中にても自分の身を知り、自分の心を知り、さうして、宇宙に於ける自分の地位を知ることが人間として最も貴いことであるとせねばならぬ。

 

 

富是一生財  身滅即共滅

 

金銀や財産に富むで居るからと言つても、それは人人がこの世にある間だけの財である、命が終れば皆これを捨てて行かねばならぬのであるから、身滅すれば即ち共に滅すといふのである。

 

 

智是万代財  命終即随行

 

智恵はその人が死してもなほ身に随ふものである。人人は皆その身を愛するものであるが、命終はるとき、その身は随はず。人人は皆財物を得ることを喜び、これがために勤苦するが、しかし命終るときに財物は従はす、父母・妻子・兄弟・知人・奴婢なども命終るときに思慕することはあれども随て共に行くものはない。命終るときに常にそれに随ふものはただ意のみである。故に人は自から心を端しく、意を正しふすべしと釈尊は説かれた。智恵は己の意のはたらきとしてあらはれるもので、身と共に滅するものでないから、智はこれ万代の財である。金銭財物は固より宝であるが、しかしこれを用ふれば無くなるのである。財宝を賤しみ、これを塵埃のやうに取扱へといふのではない。仏教の書物などに金銀を重く見ぬやうに説いてあるのは、それに執着する心を戒めるのである。人間の生活のために必要なる財物を賤しみてこれを排斥するのでは決してない。これに反して、智恵は身に蔵むるのであるから、身があれば常に智恵も身に伴なふものであるから、その方が大切であるといふのである。

 

 

玉不磨無光  無光為石瓦

 

玉も磨かねば光がない。光がなければ玉も石瓦に等しいのである。玉ももとは石の内にあるもので、石を割りみがきて玉となるのである。

 

 

人不学無智  無智為愚人

 

人も生れながらにして物は知らぬ。学問して始めて智恵が出来るのである。学問せぬ人は愚人にして石瓦に同じきものであると言はねばならぬ。「礼記」に『玉琢かざれば器とならず、人学ばざれば道を知らず』とあるもこの意である。ここに学問するといふことも、普通の意味にて言へば、多くの書物を読みて種種の事理を知ることのやうであるが、内省して深く考へて見れば、学問するといふことは善く自分の相を知ることである。親鸞聖人の言葉に『学問せばいよ/\如来の御本意を知り、悲願の広大のむねをも存知して云云』とあるのを見ても、学問をするといふとも徒らに文字の末に拘りて、種々の知識を増すことでなく、よく自分の相を知ることを主とすべきことが明かに知られる筈である。釈尊の言葉が「法句経」に載せてあるのを見ると、『愚者自ら愚と称す、まさに善点恵あるを知るを知るべし、愚人自から智と称す、これを愚中の甚しきものといふ』とある。それ故に智なきを愚人とするといふことも結局、自分が愚であるといふことを知らずして賢いもののやうに思つて居るものが愚人である。まことにそれが真実の智恵を得たるものである。

 

 

倉内財有朽  身内才無朽

 

倉庫の内に入れたる財は、その家の衰ふるによりて朽ち果ることがある。身の内にあるところの才はいかほど使ふても朽ることがない。孔子の語に『富は屋を潤し、徳は身を潤ほす』とあるもこれと同じやうな意味である。

 

 

雖積千両金  不如一日学

 

前にも言つたやうに、固より財貨には価値がないといふのではない。財宝を塵埃の如くに見よといふのではない。大切ではあるが、しかし速かに無くなるところの財宝に執着して心の迷を深くすることはよろしくない。家が富みても心が貧しくては駄目である。それ故に、千両の金を積むだよりも一日の学問の方が利益が多いと説くのである。

 

 

兄弟常不合  慈悲為兄弟

 

兄弟は共に父母より分かれたものであるが、しかしながら、その志が何時でも同じく行はれるものではない。諺にも兄弟は他人の始まりとある。それはお互におれが/\の心を強くするからである。そのおれが/\の心を捨てて、一切のものを愛する慈悲の心となれば、すべての人に対しての交はりは兄弟と同じである。「論語」の先進篇に『君子敬ありて失なく、人と恭しくして礼あれば四海の内皆兄弟なり、君子何ぞ兄弟なきを患へんや』とあるやうに、身の親疎にはよらず、人はただ心を以て親疎の別をなすものである。「漢書」に『意合すれば則ち胡越も昆弟たり、由余子蔵これなり、志合はざれば則ち骨肉も讐敵たり、朱象管察これなり』とある。骨肉の兄弟でも心が合はなければ敵となる。慈悲の心を以てすれば天下の人人はすべて兄弟である。

 

 

財物永不存  才智為財物

 

財物はかず/\ありても、いつのほどにか消失することがある。才智ばかりはいつまでも消失することがないから財物とすべきである。「仏遺教経」に釈尊の言葉が載せてある内に『若し智恵があれば貧苦なし、智は真心の体、悪は其用なり、ここに智恵といふは第九識の無碍清浄なる心体の光明をいふ。常に自から気をつけて深切に智恵を失ふことなきやうにすべし、しかれば解脱の法が得られる。実智恵は老病死海を渡るの船、又無明黒暗の大明燈たり、一切病者の良薬、煩悩の樹を切るの斧なり、この故に聞思修の恵を以て実智恵を増益せよ』と説いてある。

 

 

四大日日衰  心神夜夜暗

 

「円覚経」に曰く『我れ今、此身、四大和合す、所謂髪、毛、爪、歯、皮、肉、筋、骨、髄、脳、垢、色は皆地に帰し、唾、涕、膿、血、津液、涎沫、痰、涙、精気、大小便利は皆水に帰し、暖気は火に帰し、動転は風に帰し、四大各離るれば今は妄身まさに何れの所にかあるべき』此の如く四大とは地・水・火・風の四を指していふ、四大は宇宙の根本の元素である。この元素が集まりて人の身を成すのであるが、その四大は日日に衰へて遂に分散すれは死に至るのである。心神とはたましひのことである。人の身が日日に衰ふるに従ひて、根気もつかれ、たましひも次第に暗くなるものである。

 

 

幼時不勤学  老後雖恨悔

尚無有所益

 

されば、幼きときに学問しなければ、老いて後に恨み悔ともその甲斐がない。少壮にして努力せざるときは老大にして徒らに傷悲せねばならぬ。若きときより勉励せざるときは年よりて悔ても所益あることなしといふのである。

 

 

故読書勿倦  学文勿怠時

 

それ故に、物を読み学問するときには殊にはげみて退屈することなく、又怠ることなかれと教ふるのである。

 

 

除眠通夜誦  忍飢終日習

 

夜ねふたくともねふらすして書を読み、昼の中は空腹をもこらへて、昼夜たるみなく、ものまなぴせよとすすむるものである。

 

 

雖会師不学  徒如向市人

 

市に立つ人はただ利潤に世を渡るものであるが、師匠に遇ふても、道を聞かざれば、彼の市人にまじはるが如くにして無益である。真の師は弟子から物を習はざれば何事をも言はぬのであるから、師匠たる人に物を言はせず、師匠から善きことを聴かぬのはまことにつまらぬことである。

 

 

雖習読不復  只如計隣財

 

学問をして、習読するも、いくたぴも繰返してよまざれは、たとへば隣家の財宝をかぞへたてると同じことにて何の用にも立たぬ。さればただ習読するのみにて、これを我が物とせねば駄目であるといふ意味に取るべきである。ただものを知りたるだけにてそれを体験せざれば人の財をかぞへるとおなじである。

 

 

君子愛智者 小人愛福人

 

君子とは善人である。小人とは悪人である。君子は智者をすき、小人はただ金銀を持つ人と親しむ。「論語」に『君子は徳を懐ひ、小人は土を思ふ、君子は刑を思ひ、小人は恵を思ふ』とある。

 

 

雖入富貴家  為無財人者

猶如霜下花

 

富とは財が足れるものをいひ、貴とは位の高きものをいふ。富貴の家に入りて、俄かに金銀を得ることがありとも、その任に当らざるものにありては、霜に花がきゆると同じである。白楽天が詩に『富貴来ること久しからず、倏として瓦溝の花の如し』とある。

 

 

雖出貧賤門  為有智人者

宛如泥中蓮

 

たとひ貧賤に生れても、智恵のある人は、蓮花の泥の中より生じて泥にしまず、清く直なるが如しとたとへていふ。

以上、物質的の財宝に執著することをやめて、ひとへに精神的の財貨を重視すべきことを説く。すべての物質的の財宝も固より貴といには相異ないが、しかし、それは常にその身に添ふて居るものではない。それに反して智恵は精神上の財宝として不滅のものであるから、それを貴ふべきであると示すのである。

 

 

父母如天地  師君如日月

 

父母は我を産みたまふ。天地が万物を生ずるに比ぶべきである。天地は大父母であり、父母は小天地である。天地に次ぐものは父母の徳である。父母は天地に受けて我を生じ、しかしながら父母が子を得むと欲しても得ることが出きず、子も亦生れむと欲して生れることは出来ぬ。それは人事の及ぶ所でなく、全く自然の妙機の致すところである。そこで、大地のことはすべて天と人と相合致して成るものであると言はねばならぬ。さうして、子が父母に対する孝道は則ち天地を畏敬することに外ならぬのである。師と君とは恭敬・恩愛の心を以て下に臨むもので、その人を教へ導き、養ひおさめたまふことは日月が万物を怨みたまふと同じことである。これより人に対する道を説く。

 

 

親族譬如葦  夫妻猶如瓦

 

親族は葦の群がり生ずるが如くに多い。夫妻は父母・師君に比すれば、いやしきこと瓦に比すべしといふのである。これは礼を立てて上下の分を定むべきことを説くのである。

 

 

父母朝夕孝  師君昼夜仕

交友勿諍事

 

父母には朝夕に孝せよとは定省の孝をいふ。孝とはよく父母に仕へまつるをいふ。定省とは本と「礼記」に見へたることにて、人の子たるものは冬は父母の床をあたため、夏は父母の床を涼しくし、夕には定にして朝には省みるのである。すなはち朝夕ゆだんなく孝をつくせといふことである。又次の句は師と君には昼夜いとひなく仕へまつれ、友と争ふこと勿れといふ。

 

 

己兄尽礼敬  己弟致愛顧

 

我より兄たる人には礼を尽して敬まひ、我より弟たる人には憐み思へと説く。

 

 

人而無智者  不異於木石

 

人として智恵がなければ無情の木石に異ならず。人たる道を知らねば何ぞ木石と撰ばむ。

 

 

人而無孝者  不異於畜生

 

人は万物の霊にして、忠孝の道は正しかるべきものである。しかるに左なくして忠孝の道を欠くものは犬猫と同じきものである。

以上、父母・師君・兄弟・朋友に対する道を簡単に説いたのであるが、しかもその道徳の根本とするところは孝である。人の子たるものは、その父母に対してこれに衣・食・住の供養を欠くことの出来ぬは勿論、父母より受けたる身体を傷つくることなく、命終るときはこれをその本に帰さなければならぬ。まことに父母の恩は無限である。無限の父母の恩に報ゆるには無限の功徳を以てせねばならぬ。それには父母の心をして深く宇宙の真理をさとらしめ、安心立命の地に住せしむることが無限の父母の恩に報ゆる孝の終とすべきものであると仏教にて説くのである。父母に封して礼を尽し、食物・衣服等を供養し、その心を喜ばしめ、又その命に従ふことは世間の孝行である。真実の孝行といふべきものは、父母をして悪を去り、善をなさしめて、遂に涅槃のさとりを開かしめることであると説くのである。

此の如き意味の孝は、まことに宗教的の心である。さうして、かういふ宗教的の意味の孝といふものが、我我の平生の道徳の本となることによりて師君・兄弟・朋友に対して真に忠・誠・信・義のはたらきをなすものである。たとひ、「実語教」の文句の表面には、此の如き意味はあらはれて居ないにしても、その内奥には必ず此の如き宗教的の深い意味が存することを考へねばならぬ。それは、これより以下に、仏教の所説をその儘に挙げてあるのを見てもよく知られることである。

 

 

不交三学友  何遊七覚林

 

三学の友にまじはらざれば七覚の林に遊ぷことが出来ぬ。その意味は、三学の修行が出来ねば七覚の林に入りてさとりを開くことが出来ぬといふ。全く仏教の所説である。三学といふのは戒学と定学と恵学との三学で、仏道を修行せむとするものが通じて学ぶべきものである。戒学とはよく身・口・意にて作る所の悪業を防ぎ、又積極的に善業をなすこと。定学とはよく慮を静め心を澄ますこと。恵学とは真理を観じて妄惑を断ずることである。七覚とは七種の覚法で、これによりて思惑を断ずることが出来るのである。七種の第一は択法覚とて智恵を以て法の真偽を知る。第二は精進覚とて勇猛の心を以て邪行を離れ真法を行ずる。第三は喜覚とて心に善法を得て歓喜を生ずる。第四は軽安覚とて身心の麁重を断除して身心をして軽利安適ならしめる。第五は念覚とて常に定覚を明記して忘れずそれをして均等ならしめる。第六は定覚とて心を一境に住して散乱せしめざる。第七は行捨覚とて諸の妄謬を捨て、一切の法を捨て、平心怛懐、更に追憶せざる。この七種の法によりてさとりを開くことが出来るのである。

 

 

不乗四等船  誰渡八苦海

 

四等といふのは仏教の説に、慈・悲・喜・捨の四無量心が平等に起ることをいふ。又一には字等とて仏の名が同等、二には語等とて仏の詞が同等、三には身等とて仏の身が同等、四には法等とて仏の法が同等であるともいふ。この四等の船に乗らざれば八苦の海を渡ることが出来ぬといふ。その八苦とは一に生苦とて生れる苦しみ。二に老苦とて漸漸と年を取る苦しみ、三に病苦とて病気にかかる苦しみ。四に死苦とて死ぬる苦しみ。五に愛別離苦とて親愛するものと離れる苦しみ。六に怨憎会苦とて憎悪するものと会合する苦しみ。七に求不得苦とて欲求するものを得ざる苦しみ。八に五陰盛苦とて心身の熾盛生長するにつきての苦しみ。これを併せて八苦といふ。それが我我の現在の心の世界であるが、それをたとへて海といひ、その海を渡るには四等の船に乗らねばならぬと説くのである。

 

 

八正道雖広  十悪人不往

 

八正道は釈尊がさとりを開くために必ず修行せねばならぬものとして挙げられたものである。その一は正見とて正しき見解を有すること。二は正思惟とて真理を究めて思惟を正しくすること。三は正語とて、妄語・邪語を断ち、非理の語を用ひぬこと。四は正業とて行為を正しくすること。五は正命とて、生活を正しくすること。六は正精進とてその道に精進して怠らぬこと。七は正念とて邪念を棄て正法を思念すること。八は正定とて身心寂静にして乱想を離れること。この八つを指していふのである。この八正道を正しく修むることによりて涅槃のさとりが開かれるその道はまことに広いのであるが、十悪の人はその道に往かぬといふのである。十悪とは殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・悪口・両舌・貪欲・瞋恚・愚痴の十種の悪のことで、この十種の悪を持つて居る人は八正道には往きがたしと説く。

 

 

無為都雖楽  放逸輩不遊

 

無為の都といふのは涅槃界のことである。浄土・極楽といふのも何じことである。無為とは仏教の言葉にて造作のないことで、因縁によりて何事かを造ることがないといふ意味で、法性とか実相とかといふものと同じである。親鸞聖人は法性の都とも言つて居られる。その無為の都はこの世のやうに苦楽がなく真に楽しいところであるが、放逸にして、心の儘に振舞ひて悪事をつくるものはそこへ行つて遊ぶことは出来ぬのである。

不交三学友より以下、この句までは、仏教の所説をその儘に挙げて、人人がそのたましひを養育するための教を示したのである。まことに簡単であるが三学、七覚、四等、八苦、八正道、十悪、無為都など、仏教の所説の重要なるものが挙げてある。著者の用意の深きことが窺はれるのである。

 

 

敬老如父母  愛幼如子弟

 

年よりたる人は我が父母の如くに敬まひ、幼少なる人は我が子弟の如くに愛せよ。「孟子」に『吾老を老として以て人の老に及ぼし、吾幼を幼として以て人の幼に及ぼすときは天下をば掌にめぐらすべし』とあると、同一の意である。多くの人人と共同して生活する上に於て、他の人人に対する道を説くのである。

 

 

我敬於他人  他人亦敬我

 

「孟子」に曰く『君子の人に異る所以のものは、其心に存するを以てなり。君子は仁を以て心に存し、礼を以て心に存す。仁者は人を愛す、礼あるものは人を敬ふ。人を愛するものは人恒に愛し、人を敬ふものは人恒にこれを敬ふ』。我れ人を愛すればすなはち人これを愛し、人を悪めばすなはち人これを悪む。人を敬ふは礼の至れるものである。人ありて若し横逆を我に加ふるものがあるときは自から反省して、仁と礼とがいまだ至らざることを考ふべきである。若し仁と礼とが至れるものに尚ほ横逆を加ふるものがあればそれは妄人である。

 

 

己敬人之親  人亦敬己親

 

我れ人の親を愛すれば、人も亦我が親を敬ふものである。「孟子」に『人を愛して親まざれば其仁に反る。人を治めて治らざれば其智に反る。人に礼して答へざれば其敬に反る』とあるが、若し人を愛して、その人が親しまざれば自身の仁の至らぬことを反省すべきである。人に礼をして其人が答へなければ自身の敬がまだ十分でないことを反省せねばならぬ。

 

 

欲達己身者  先令達他人

 

これは「論語」の「仁者は己を立てんと欲して人を立つ、己達せんと欲して人を達す』とあるに本づくものである。我身を善くせむと思はば人の善くなるやうにすべきである。石田梅巌の説に『己れ立たんと欲して人を立て、己れ達せんと欲して人を達すとのたまふ、これ仁の道なり。此語を以て只今までは人に譲ることのみを思ひ、その譲る所に仁ありと、ただ軽く思ひしが、よく考へると己れが欲する所を人に施すばかりと心得るは浅間敷、己れとは我心なりと心得その我を退けて人を立つときは天下のことなり』とあるが、かやうに深く考へてこそ、自分を達するために人を達することの意味が徹底することであらう。

 

 

見他人之愁  即自共可患

 

人の愁を見ては気の毒におもひ、共にかなしみの情をいだくべきである。これは、人の情である。さうしてこの同情によりて人と人とが互に結合することが出来るのである。

 

 

聞他人之喜  則自共可悦

 

人の愁を見て、共にこれをかなしむことは、人の情として常に起り易いものであるが、これに反して人の喜びを見て、共にこれを悦ぶことは、普通に容易ならぬことである。人の幸福の様を見てこれを嫉む心が起りて、ただうらやましいのみにて、同慶の心が真に起り来るやうになることは容易でない。我我はそれを反省せねばならぬ。

 

 

見善者速行  見悪者忽避

 

人の善き行を見ては我も速かにこれを行ひ、他の行の悪しきを見てはこれを避けて行はぬやうにつとめねばならぬ。「論語」に『三人行ふときは必ず我師あり、その善きものをゑらぴてこれに従ふ、その善からざるものはこれを改む』とある。前の数章に於て人に対する道を説き了りて、これより以下自己を修むるの道を教ふ。

 

 

修善者蒙福  譬如響応音

 

善い事をするものは福の報が来る、たとへば響が苦に応ずるが如くである。

 

 

好悪者招禍  宛如随身影

 

悪を好みてなすものは禍を招く、あたかも身に影の添ふが如くである。

「世説」に『陰徳あれば必ず陽報あり』とありて、陰にても人のために善きことをすれば必ず陽にその報があると説く。因果応報の理にて、善悪の行には、それに相応して、必ず報のあることは仏教の教典に常に説くところにして、「法句経」に載せられたる釈尊の言葉にも、これに関することが多い。『悪は自から罪を受け、善は自から福を受く、亦各熟すべし、彼れ相代らす、善を習へば善を得る、亦甜を植ゆるが如し』(己身品)『行不善をなせば退て悔●を見、涕流の面を致さむ、報は宿習に由る。行徳善をなさば進で歓喜を覩む、応来福を受け、喜笑悦習せむ』(愚闍品)。善行には善報あり、悪行には必ず悪報がある。しかるに『妖●に福を見るは、其の悪未だ熟せざればなり、其悪熱するに至りて自から罪虐を受ける。禎祥に禍を見るは其善未だ熟せざればなり、其善熟するに至りて必ず其福を受ける』(悪行品)。と説かれて居る。

 

 

雖富勿忘貧  雖貴勿忘賤

 

物には盛衰がある。たとひ富みたりとも貧しきことを忘れてはならぬ。たとひ富裕なりとてその心が驕奢なればたちまちに貧困に陥ることがある。驕奢の心を生ぜざるときはよく貧を守ることが出来る。若し貧に陥りてもそれに堪へ易い。又その心であれば貧困に陥ることがないであらう。

 

 

或始富終貧  或先貴後賤

 

始め富みたるものが終に貧しくなることがある。或は先きには貴とくして後には賤しくなることがある。仏教にてはそれは自業自得に外ならぬものであるとするのである。それ故に、貴きときにも賤しきことを忘れず、賤しきときにも費きを羨まず、足ることを知ることが第一の楽みとせねばならぬ。「易経」に『君子は安じて危を忘れす、存して亡を忘れず、治まりて乱を忘れず、是を以て身安くして国家保つべし』とあるが、国を治むるのも身を修むるのも同じことである。金銀を多く持てども、おしみて使はす、欲の深きものは貧に異ならず、仏教の書物に有財餓鬼と見えて居る。貧なりとも欲心少なく、心に足ることを知らば、外に求むべき患がなく、心が安穏であるからこれを富人とすべきである。「論語」に『子貢の曰く、貧にして諛ふことなく、富にして驕ることなきは何如、子の曰く、可なり、まだ貧にして楽しみ富にして礼を好むものに若かざるなり』とある。常人は貧富の中に溺れて自から守る所以を知らぬから必ず諛と驕との二病を生ずる。この諛ふことと、驕ることを無くすればすなはち自から守ることが出来る。しかしながら、それではまだ貧富の外に超脱したとは言はれぬ。たとひ貧乏でも心が広く、体が胖かにしてその貧を忘れるやうになり、又富裕の身でも礼を好みて善に処することに安んじて理に循ふことを楽しみ、その富を知らぬやうになるのが上乗であると孔子が説かれたのである。

 

 

夫難習而易忘  音声之浮才

 

音声の浮才とは謡、浄瑠璃、小歌、笛、太鼓などの、すべて浮きたる芸を指していふ。かくの如き浮才は習ふことが困難で、忘れることが容易である。これより以下、数章は誰人にも学問の重要であることを説く。

 

 

又易学難忘  書筆之博芸

 

書筆の博芸とは読み書きは博き芸なりとしてむかしから幼童にすすめられたのである。実際生活の上に重要の学芸といへば読むことと、書くことの二であると言つて差支ない。さうしてそれは学ぶことが容易で忘れることが困難である。それ故に、学び難くして忘れ易く、日常生活に重要でない音声の浮才に励むよりは実際に必要を感ずべき読み書きの博芸を学ぶことに努むべきであると説く。

 

 

但有食有法  亦有身有命

 

食物がありて身を養ひ、身は命がありて立つものであるが、その根原を知つて大切にせねばならぬ。食物を以てただ身を養ふものであると軽く考へてはならぬ。身のことでもその根本たる命のことを深く考へねばならぬ。これ等はすべて、学問によりて始めてよく知られることである。聖人であれば生れながら忙してこれを知ることが出来るが、尋常の人は学問して始めてこれを知るのである。

 

 

猶不忘農業  必莫廃学文

 

百姓の農業に辛苦することを常に思ひ合せて、学問することをやめぬやうにせねばならぬと説く。百姓が農業に辛苦するは我々の食物を造るためである。その辛苦を忘れることなく、常にそれを想ひ起して、学問をつとめねばならぬ。

 

 

故末代学者  先可案此書

 

それ故に、後の世の初心の学者は、この「実語教」に説けるところを思案して出精せねばならぬ。儒教にも、又仏教にも、その他、百家の書にも、学問の道が説いてあることはまことに愽いのであるが、初心の輩が、これを会得することは容易でない。この「実語教」は諸家の教訓の肝要の文句を抜萃して説いたのであるから、先づこの書を思案するがよいといふ。

 

 

是学問之始  身終勿忘失

 

この「実語教」に示すところのものを学問の始として、日日新たに志を励まして身を終るまでこれを忘失せぬやうにすべしと教ふる。

 

 

 人間には智恵がなくてはならぬ。身体や財産は一代にて消えるものであるが、智恵は万代の財である。さうして智恵は世間万般の事物を知るためのものであるが、それは俗智といふべきものである、真実の智恵は自分の相を知ることである。世間の事物はよく知つて居つても自分の相を知らざるものを愚人とする。人間の寿命は限あるが故に、幼時につとめて学び、又常に勉励せねばならぬ。無論、師匠に就て学ばねはならぬが、師匠は聴くものに答へるのであるから、師匠に従つて常に聴かねばならぬ。人間生活の状態を見れば貴賤・貧富の別があるが、それはただ表面の相で、裸一貫になれば人間は皆同一のものである。それ故に、さういふ表面の相よりも、内面の心が問題とせらるべきである。その心は利己的のものであるから、兄弟といへども和合せぬことがある。この利己の心を離れて慈悲の心を以てすれば何れの人とも和合して四海兄弟である。一切衆生・悉有仏性であるから、その心を以てすれば、君に対しては忠、親に対しては孝、人に対しては敬となり、兄弟に対しては悌となり、同友に対しては信となるのである。

 人間が畜生と異ることは此の如くに、自からその心を修むるところにある。それ故に、三学を修めて七覚のさとりを得、四等の船に乗りて八苦の海を渡り、八正道を行きて無為涅槃の都に至ることを期せねばならぬ。さうして、実際には老を敬ひ、幼を愛し、己が身を達せむとすれば先づ他人を達し、人の愁と書とを共にし、善を見ては学び、悪を見ては省み、富貴なりとて驕らず、貧賤なりとて不平を言はず、自から足ることを知るべきである。又自身生活のためには食が与へられ、命が与へられ、天地自然の恩恵の中に生きて居ることを感謝せねばならぬ。さうして、その業務には忠実にして、又学問をしてよく自分の相を知ることに心掛けねばならぬ。これ実に学問の始である。

 

 

 尚ほ重ねて一言すべきことがある。それは外のことでない。孔子の教は、己を修め、人を治めるといふことが主で、先づ自己の徳を修め、その一身を以て天下の儀表となり、これによりて家を斉へ、国を治め、以て天下を平にするといふことが、その教の目的とするところであつた。さうして、実際にありて、身を修めるには道を以てし、道を修むるには仁を以てすることを重要とせられた。「中庸」にその意義を説明してあるのを見ると、宇宙の本体は唯一の誠である。『誠は天の道なり、これを誠にするは人の道なり』とありて、誠は天から人に賦与せられ、人はこれを受けて性となり、この性は人人に自然に備はつて居るのである。それ故に、人心は生れながらにして惻隠と羞悪と辞譲と是非との心を持つて居るので、これを仁・義・礼・智とし、それに信を加へて五常とするのである。かやうにして、誠は人人の心の奥にありて、自己をしてその道を完からしめるものであるが、それは又、自から外方に出でて人を動かすものである。しかしながら、それは決して他から加へられたる力によりて動くのではなく、全く自己の力によりて、感情の繋縛から離れて、自由の活動をなすものである。仁といはるるものは、本と自己の徳であるところのものを人に推し及ぽして相親しみ、相愛するところの仁慈の道となるのをいふのである。

 儒教にありては常に五常の教を説き、仁・義・礼・智・信と立てて、仁を第一に説くのであるが、この「実語教」にありてはこれに反して智を主として説いてあるのを見ると、それは明かに仏教の説に拠つたものであると言はねばならぬ。

 既に前にも説明したやうに、智恵のはたらきは固より事物を明かにして是非を弁別するものであるから、これを排斥すべきものではない。しかしながら、小智は常に自己の非をかくし、他人の諫を拒むことをつとむるものであるから、老子も『聖を絶ち、智を捨てる』と説いたのであらう。上智はそれと異にして常に聖人にあらはれ。『上智は教へざれども成る』といはれるのである。今ここに「実語教」に説かるるところの智は、前にも言つたやうに仏教の説に本づくのであるから、これを普通にいふところの俗智と見るべきではなく、仏教にて説くところの真智とすべきである。仏教にては真理を語る智恵を修むることを恵学とし、身・口・意に犯すところの悪を防止する戒学と、散乱心を一境に止めて静めるところの定学と併せて三学と称せしほどに、智恵をば重く見て居るのである。それ故に智恵に関する所説は精細を窮めて居る。本文の中にも一寸このことにつきて叙述したのであるが、仏数にて普通に行はれて居るものは五智にて、其一は法界体性智、すなはち万有の体性たる智体である。其二は大円鏡智、すなはち森羅万象その儘に影現して欠ぐることなき円満の智恵。其三は平等性智、すなはち差別の現象界にありて彼此の相をなくし、自他平等なりと観ずる智。其四は、妙観察智、すなはち諸法の実相を真妙に観察して正邪を弁別する智恵。其五は成所作智、すなはち五官によりて自利・利他の種種の作業をなす智恵である。今この五智の意味を考へて見れば、智恵の本体は法性である。この智恵の本体の上からしていへば、宇宙の事物は皆、法性の顕現であると知る。それ故に、その形相は千変万化であるけれども悉く皆平等のものであると知る。かやうにして諸般の事物の真相を明かにして以て正邪を知る。さうして、それに本づきて残すべきことを明かに知るといふのである。これは固より仏の智恵であるから、一概にこれを名づけて仏智とし、又不思議の智恵とするのであるから、この智恵がはたらきが我我の心の上に慈悲と感ぜられるところに宗教のはたらきがあらはれるのである。

 それ故に、仏教にて説かれるところの智恵をば、その宗教の意味の上から云へば、我我のやうに智恵のないものは、偏に仏智不思議を仰ぎて、それによりて自己の相を明かに知らしめられるより外はない。ここに我々が智恵を修めて自己の徳を成ずる道がある。

 世間に普通にいふところの智は、偏智にして、円智にはあらず。謀略をめぐらして人と闘ふなどの智は権智にして、実智にはあらず。棄てなくてはならぬと説かるるところの智は小智にして、大智にはあらず。ここに智といふものは円智、実智、大智を指すもので、これを宗教上の意味にていふときは、全く自己の相を明かに知るの智恵に外ならぬものである。この「実語教」に説くところの智恵がこの種のものを指すものであることは十分これを明にして置かねばならぬのである。

 

 

新釈実語教 終

 

 

昭和十年四月十二日発行

著作兼発行者  富士川游

 

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利休

奥田昭三著 「茶味」より


利休言

・《和啓清寂》 「和ぎて流れず啓して諂わず清して潔く寂して躁(あわただし)うせざれ」

「礼の用は和を貴しとなす・・孔子」。敬とは自己に対して慎み、他人に対して敬う心。清は清潔・清廉、物と心の清である。寂は心の落ちつき、その一挙手一投足にも心の落ちつきを宿すこと。

・《茶の湯の極意》 「夏はいかにも涼しきやふに、冬はいかにもあたたかなるやふに、炭は湯のわくやふに、茶は服のよきやふに、これにて秘事はすみ候」

真の自由

如何なる境に臨んでも、今・茲・我ということを忘れず、和敬静寂の自らなる働きによって所作に何らの躊躇がない。法に従えば、従容として一糸乱れず、法を破れば、突嗟の働きによって、更に一境を開く。無碍自在。「白雲の長空を飛ぶ」がごとくである。これが真の自由である。

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孔子・孟子

孔子

 
・ 君子は本を務む、本立ちて道生ず。孝悌は其れ仁の本為るか
人格と徳と品位の高い人は、根本の修養に努力する。根本が確立すると生き方(道)が分かるからだ。父母に尽くし目上を敬うこと《孝悌》が他者を愛する心、人間愛《仁》の根本なのだ。

・ 巧言令色鮮なし仁

他人に対して人当たりがよくことばを巧みに飾りたてたり外見を善人らしく装うのは実は自分のためというのが本心であり、仁すなわち他者を愛する気持ちは少ない

・ 剛毅木訥は仁に近し

〈剛〉物欲に左右されないこと〈毅〉志がくじけないこと〈木〉質朴で飾り気の無いこと〈訥〉心に思っていることはしっかりしているが、口下手でうまくいえないこと、は、それぞれ仁・人の道に近い

・ 学びて思はざれば則ちくらし 思いて学ばざれば則ちあやうし

知識や情報を沢山得ても思考しなければ活かせない。逆に思考するばかりで知識や情報が無ければ独善的になる

・ 義をみて為さざるは勇なきなり

ただしいと分かっていながら実行しないのは勇気がないからである

・ 徳弧ならず 必ず隣あり

人格の優れている人は必ず1人ではないその人を慕って人が集まってくるものだ

 

 

 

孟子

 
・ 生を養い死を喪して憾み無きは王道の始めなり
生者を十分に養い、死者を十分に弔って遺憾の無いようにさせることが王道の始なのである。

・ 自ら反みて縮くんば千万人といえども吾ゆかん  (松蔭が好んだ)

自分が熟慮した結果、自分が間違っていないという信念を抱いたら断固として前進すべし

・ 七年の病に三年のもぐさ

七年もかかる大病には早くから薬草を用意しておかなければならないのに、三年も乾燥させた良質の艾を急に求めようとしても間に合わない

 ・ 吾が老を老として人の老に及ぼし 吾が幼を幼として人の幼に及ぼす

自分の身辺の年寄りを年寄りとして敬いつかえ、ついでその心を広く他人の年寄りの上に及ぼしてゆく。又身近の幼いものを幼いものとして慈しみ愛し、ついでその心を広く他人の幼いものの上に及ぼす

 

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西郷隆盛(南洲) 南洲翁遺訓より

西郷隆盛(南洲)  南洲翁遺訓より


敬天愛人・・道ハ天地自然ノ物ニシテ人ハ之レヲ行フモノナレバ、天ヲ敬スルヲ目的トス。天ハ人モ我モ同一ニ愛シ給フユエ、我ヲ愛スル心ヲ以テ人ヲ愛スル也

道を行う者は、固より困厄に逢うものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の成否身の死生などに、少しも関係せぬもの也。事には上手下手あり、物には出来る人、出来ざる人有るより、自然心を動かす人も有れども、人は道を行うものゆえ、道を踏むには上手下手も無く、出来ざる人もなし。故に只管ら、道を行い道を楽しみ、もし艱難に逢うて之を凌がんとならば、、いよいよ道を行い道を楽しむべし。予、壮年より艱難という艱難に罹りしゆえ、今はどんな事に出会うとも動揺は致すまじ。それだけは仕合せなり。

文明とは・・「文明とは正義のひろく行われることである。豪壮な邸宅、衣服の華美、外観の壮麗ではない」

幾歴辛酸志始堅 丈夫玉砕恥瓦全 一家遺事人知否 不為児孫買美田・・幾たびか辛酸を嘗め志始めて堅し 丈夫玉砕するも瓦全を恥ず 一家の遺事人知るや否や児孫のために美田を買わず

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森 信三

修身教授録 より

「人間と生まれて」・・我々人間にとって人生の根本目標は,結局は人として生をこの世に受けた事の真の意義を自覚して、これを実現する以外にないのです。・・・そして、お互いに真に生き甲斐があり生まれ甲斐のある日々を送ること以外に無いと思うからです。

「志学」・・ですからいやしくも人間と生まれて、多少とも生き甲斐のあるような人生を送るには、自分が天から受けた力の一切を出し尽くして、たとえささやかなりとも、国家社会のために貢献することが無くてはならぬでしょう。人生の意義と言っても、畢竟このほかは無いのです。・・・そのためには一体いかなる事から着手したらよいかというに、それには何といっても先ず偉人の伝記を読むが良いでしょう。そして進んではその偉人をしてそのような一生をたどらせた真の内面的動力はいかなるものであったかを突きとめるということでしょう。

「人と禽獣と異なるゆえん」・・思うにわれわれが人間として真に正しく道を知る叡智は、ある意味では人間界を打ち超えたところから照射してくるともいえるでしょう。すなわちわれわれは自分の姿を、われとわが心にはっきりと映す鏡のような心にならない限り、真の正しい道は見えないのであります。かくして真の叡智とは、自己を打ち超えた深みから射してくる光であって、わたし達はこの光に照らされない限り、自分の真の姿を知りえないのであります。そうしてかような反省知、自覚知を深めていくことによって、われわれは、初めて万有の間における自己の真の位置を知り、そこに自らの踏みいくべき大道を見出すことが出来るのであります。・・・・かくしてわれわれ人間は、自己がこの世に生まれ出た真の意義を知り、自らの使命を自覚して、いささかでもこれを実現しようとするところに、人と禽獣との真の本質的な違いがあるというべきでしょう。

「道具とコツ」・・・人間も自己を築くには道具やコツが必要です。この場合道具とは読書であり、コツとは実行です。この2つの呼吸がぴったり合ったところに、真の人間は出来上がるのです。

「使者の道」・・・人生の価値というものは、その意義を認めることの深さに応じて現われてくるものであります。したがって人間生涯を通じて実現せられる価値は、その人が人生における自分の使命の意義を、いかほど深く自覚して生きるか否かに比例するともいえましょう。

「一道をひらく者」・・・すなわち我々人間は、真の自己の生活に徹して生きた時、一人自分がその職責を全うし得るのみならず、さらに同じ職域にいる他の人々に対しても、何らかの意義でお役に立つことが出来るのです。

「成形の功徳」・・・常に物事を取りまとめておくということ。内容は同じものでありながら、しかもそれに形を与えるか否かによって、そのものの持つ力に非常な相違が出てくる。何百年も前の手紙などが表装せられて残される事で、我々がこれを拝見できるのもこのおかげ。

「謙遜と卑屈」・・・そもそも謙遜ということは、わが身を謹んで己を正しく保つということがその根本精神をなすのであります。つまり如何なる相手に対しても常に相手との正しい関係において自己をとり失わぬということです。すなわち必要以上にでしゃばりもしなければ同時にまた妙にヘコヘコもしないということであります。してみれば人は、真に謙遜ならんがためには、自ら信ずるところがなくてはならぬのです。すなわち自ら信ずるとは、要するに、自己を取り失わぬということだからであります。したがって必要以上にヘコヘコするのは卑屈ですが、卑屈とは、結局自分が確立していないところから起こる現象でしょう。が同時にまた、相手が目下なればとて、いやに傲慢な態度に出るというのも、これまた自己を取り失ったものでしょう。

「国民教育の眼目」・・・すなわち真の教育というものは、単に教科書を型どおりに授けるだけにとどまらないで、すすんで相手の眠っている魂をゆり動かし、これを呼び醒ますところまで行かねばならぬのです。すなわちそれまでただぼんやりと過ごしてきた生徒達が、はっきりと心の眼を見開いて、足どり確かに自分の道を歩みだすという現象が起こってこなくてはならないのです。(・・つまり志を立てる教育ということか?)

「為政への関心」・・・じっさい我々国民教育に従事するものが、眼前に居並ぶ幼い子供達に対して、男子一生の心血をそそいであえて悔いないのは、他日彼らを通して、二十年三十年の後に、この現実界の一角を改めずんば已まぬという、絶大な願いを内に抱くがゆえであります。

「誠」・・・要するに誠に至るのは、何よりもまず自分お仕事に全力を挙げて打ち込むということです。すなわち全身心をあげてそれに投入する以外はないでしょう。かくして誠とは、畢竟するに“己を尽くす”という事に極まるともいえるわけです。松陰先生は“至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり”とおっしゃっていられますが、諸君らはこれを只事と思ってはならぬのです。自分の全てを投げ出してゆく必死の歩みなればこそ、誠は真の力となるのです。

「死生の問題」・・・われわれ人間は、死というものの意味を考え、死の対して自分の心の腰がきまってきた時、そこに初めてその人の人生は出発すると思うのです。私はわれわれ日本人としては、自分が天から受けた力の一切を国家社会のために捧げ切るところに、真に死生を越える道があると思うのです。わが力を捧げ切ると言うのは、自分の力を余すところなく生かしきるということであって、これは生の徹底ともいえるわけですが、すなわち我々は自己の生に徹することによって生を超えると共に、そこにおのずから死をも超える道が開かれてくるのであります。かくして人生を真に撤して生きる人には、生死はついに一貫となり、さらには一如ともなるわけです。しかし我々人間は、この肉体ある限りはこれを養うためどうしても他から受けなければなりません。ですから人のため更には国家社会のために尽くしたと言っても、他の半面は、その後厄介にならねばならぬのであります。そこで純粋にご奉公ということになりますと、どうしても私は死後のご奉公のほかないと思うのであります。それゆえお互い生きている間は、いわばこの死後のご奉公のためにその準備をしているといえましょう。死後のご奉公とはつまり、生前の生活においていかに深い精神で生き切ったかにかかわてくるのです。

「立志」・・・そもそも真の志とは、自分の心の奥底に潜在しつつ、常にその念頭に現われて、自己を導き、自己を激励するものでなくてはならぬのです。いやしくもひとたび真の志が立つならば、それは事あるごとに常に我が念頭に現われて、直接間接に、自分の一挙手一投足に至るまで、支配するところまで行かねばならぬと思うのです。そもそも人がその一言を慎み、一つの行いをもおろそかにしないということは、その根本において、その人がこの人生に対して志すところが高く、かつ深いところから発するものだといえましょう。

「下座行」・・・このように下座行ということは、その人の真の値打ち以下のところで働きながら、しかもそれを不平としないばかりか返ってこれを持って自己を織り、自分を鍛える絶好の機会と考えるような人間的な生活態度を言うわけです。しかし私は世の中ほど正直なものはないと考えているのです。ほんとうの真実というものは、必ずいつかは輝きだすものと思うのです。ただそれがいつ現われだすか三年五年にして現われだすか、それとも十年二十年たって初めて輝きだすか、それとも生前において輝くかないしは死後に至って初めて輝くかの相違があるだけです。人間も人間の肉体が白骨と化し去った後、せめて多少でも生前の真実の余光の輝きだすことを念じるくらいでなければ、現在眼前の一言一行についても、真に自己を磨こうという気持ちにはなりにくいものかと思います。

「最善観」・・・すなわちいやしくも我が身の上に起こる事柄は、その全てがこの私にとって絶対必然であると共に、またこの私にとって最善なはずだというわけです。それ故われわれはそれに対して一切これを拒まず、一切これを却けず、素直にその一切を受け入れて、そこに隠されている神の意志を読み取らねばならないわけです。したがってそれはまた、自己に与えられた全運命を感謝して受け取って、天を恨まず人を咎めず、否、恨んだり咎めないばかりか、楽天知命すなわち天命を信ずるが故に、天命を楽しむという境涯です。

「二種の苦労人」・・・このように今素質という問題を切り離して考えることにしますと、人が自分を内省して少しでも自分の真実の姿を求めるようになるには、まず道を知るということと、次には苦労するというこの二つのことが大切だと思うのです。すなわち人間は、道すなわち教えというものに出会わないことには容易に自分を反省するようにはならないものです。苦労ということについて気をつけなければならぬのは、なるほど人間は苦労によってその甘さとお目出度さはとれましょうが、しかし、うっかりすると人間がひねくれたり、冷たくなる危険があるわけです。そこで苦労の結果、かような点に陥ることなく、しみじみとした心のうるおいと暖かみが出るようになるためには、平素から人間の道というものについて深く考え、かつ教えを受けておかねばならぬと思うわけです。すなわち同じく苦労しても、教えの有無によって、まったく正反対の人間が出来上がることになります。教えの力というものが、いかに偉大なものかということを改めて考えざるを得ないしだいです。

「真面目」・・・今このまじめという字を真の次に“の”の字を加えてみますと、“真の面目”となります。すなわち真面目の真の意味は、自分の“真の面目”を発揮するということなのです。そもそも我々は自分の真の面目を発揮しようとしたら、何よりも先ず全力的な生活に入らなければなりません。けだし力を離れて自己の真の面目のしようはないからです。力というものは、一端その気になり、決心と覚悟さえ立ったら、後からあとから無限に湧いてくるものです。それはちょうど井戸に水の湧くようなもので、もう汲み出してしまったと思っても、いつの間にやらまた溜まっているようなものです。そこで真面目な生活に入るにあたって大事なことは、力の多少が問題ではなくて、根本の決心覚悟が問題です。しかし時間には明確に限度があるので、時間をうまく使って時間の無駄をしないことです。しかしこの時間の問題も、根本の覚悟さえきまっていれば、わずかな時間も利用できるものです。

「教育と礼」・・・松陰先生は、人間にして爵の尊さを知って、徳の尊さを知らないものはその愚かなことは言うまでもないが、しかし徳の尊さ知って齢の尊さを知らないものは、まだ真の人物とは言いがたいということをその「講孟余話」の中で申しております。(門衛の人への礼)すべて人間というものは、目下のものの欠点や足りなさというものについては、これを咎めるに先立って、果たしてよく教えてあるかどうか否かを顧みなくてはならぬのです。したがって目下のものの罪を咎め得るのは、教えて教えてなおかつ相手がどうしてもそれを守らなかった場合のことです。

「敬について」・・・ところで普通には礼儀を正しくするといえば何か意気地のない人間になることであるかのように考えている人もあるようですが、そうではなくて、礼はその内面の敬の心の現れです。人を敬うということは、それはつまらないことで意気地のない人間のすることでもあるかのように考えられているようですがそれは大間違いです。それというのも自分の貧寒なことに気づかないで、自己より優れたものに対しても、相手の持っているすべてを受け入れて自分の内容を豊富にしようとしないのは、その人の生命が強いからではなくて逆にその生命がすでに動脈硬化症に陥ってその弾力性と飛躍性を失っている何よりの証拠です。真に自分を鍛えるには、単に理論を振り回しているのではなくて、すべての理論を人格的に統一しているような、一人の優れた人格を尊敬するに至って初めて現実の力を持ち始めるのです。同時にこのように、一人の生きた人格を尊敬して自己を磨いていこうとし始めた時、その態度を「敬」というのです。

「批評的態度というもの」・・・かようなわけで批評ということはともすると悪口や非難に陥りやすいものですが、仮にそうならずに正当な意味で行われた場合でもそれはともかく傍観的な態度にとどまって、真に自己に吸収して自分を太らすという態度にはなりにくいものです。食物でも単に品定めをしている間は決して腹のふくれるものではありません。ですから単に傍観的に眺めていないで、自分の欲するものは全力を挙げてこれを取り入れるようにしてこそ初めて自己は太るのです。そこでまた言い換えますと、人間は批評的態度にとどまっている間は、その人がまだ真に人生の苦労をしていない何よりの証拠だともいえましょう。もちろんその人の性質にもよるでしょうが、ともかく自分は懐手をしていながら人の長短をとやかく言うているのは、まだその心に余裕があって、真の真剣さには至っていないと言ってよいでしょう。それはちょうど食物などでもかれこれと好き嫌いをならべていられる間は、まだ真に飢えの迫っている人ではないわけです。人間が真にせっぱ詰まったならば、そういう贅沢は言えないのです。

「一日の意味」・・・今さら事新しく申すまでもありませんが、今日という日は一日に限られているのです。人間の一生もまた同様です。そこでよほど早くからその覚悟をして少しの時間もこれを生かす工夫をしていないと、最後になって慌て出すことになります。ですから諸君らにも、もしその日の予定がその日の内に果たせなかったら、自分の一生もまたかくの如しと考えられるがよいでしょう。そこでまた我々は死というものを一生にただ一度だけのものと考えてはいけないと思うのです。それというのも実は死は小刻みの日々刻々と我々に迫りつつあるからです。ですからまた我々が夜寝ると言うことは、つまり日々人生の終わりを経験しつつあるわけです。一日に終わりがあるということは、実は日々“これでもかこれでもか”と死の覚悟が促されているわけです。しかるに凡人の悲しさは、お互いにそうとも気づかないで一生をうかうかと過ごしておいて、さて人生の晩年にいたっていかに嘆き悲しんでみたところで今さらどうしようもないのです。そこで一生を真に充実して生きる道は、結局今日という一日を真に充実して生きるほかはないでしょう。実際一日が一生の縮図です。我々に一日という日が与えられ、そこに昼夜があるということは、二度と繰り返されることのないこの人生の流れの中にある私たちを憐れんで、神がその縮図を誰にもよくわかるように示されつつあるものとも言えましょう。では一日を真に充実して生きるのはいったいどうしたらよいのでしょう。その秘訣としては私は、その日になすべき事は決してこれを明日に延ばさぬ事だと思うのです。論語にある「行って余力あらば以て文を学ぶべし」の通り、なすべき仕事をなるべく早く仕上げて、十分の余力を生み出して大いに読書に努むべきでしょう。ではなぜ読書の必要があるかと申しますと、人間は読書によって物事の道理を知らないと、真の力は出にくいものです。道理を心得ての実行は、その実行によって会得した趣を、ほかの人々に分け与えることもできるのです。ところが道理知らずの実行は、その収穫はただ自分一身の上にとどまるのです。しかし又実行という土台の上に立って初めて読書もその効果を生ずるわけで、それが孔子の言う「行って余力あらば以て文を学ぶべし」といわれた所以でしょう。

「置土産」・・・我々人間として最大の置土産は、なんと言ってもこの世を去った後に残る置土産だと言うことも忘れてはならぬでしょう。実際私の考えでは、人間というものは、この点に関して心の目が開いてこない限り、真実の生活は始まらぬと思うのです。我々が生涯をかけて真に道を求めようとする態度は、実にこの一点に対して心の目が開けてきてからのことだと言ってもよいでしょう。と申すのも、我々人間の生活は、生きている間は厳密には真の献身とは言いかねるともいえましょう。それというのも、我々は少なくともこの肉体のある間は、これを養うために多くの方々のお世話にならなければなりません。私どものこの世の中というものは、お互いにもちつもたれつの相対的な世界であります。それ故この肉体の存する間は、純粋に人様のお役に立つことはできがたいとも言えましょう。そこで、この世を去った後の置土産になって初めて、純粋に人々のご用に立つと言い得るかと思うのであります。

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吉田松陰 留魂録より・  ほか

吉田松陰 留魂録より

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身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置まし大和魂

十月念五日    二十一回猛士

※吾の得失当に蓋棺の後を待ちて議すべきのみ・・私の人間としての在り方がよいか悪いかは棺の蓋をおおった後、歴史の判断にゆだねるしかない

※今日死を決するの安心は四時の順環に於て得る所あり・・今日私が死を目前にして平安な心境でいるのは春夏秋冬の四季の循環ということを考えたからである

※義卿三十、四時己に備わる 亦秀で亦実る・・私は三十歳、四季はすでに備わっており花を咲かせ実をつけているはずである。だから安心して死を迎えている。

※万巻の書を読むに非ざるよりは 寧ぞ千秋の人たるを得ん・・沢山の書物を読まなければ、永年にわたって名を残す不朽の人となることは出来ない。

※一己の労を軽んずるに非ざるよりは 寧ぞ兆民の安きを致すを得ん・・自分で労を惜しまずに働く人でなければ、どうして天下国家の民を幸せにできようか

※皇神(スメカミ)の誓ひおきたる国なれば 正しき道のいかで絶ゆべき・・天照大皇神の神勅のある以上は、日本は滅びはしない。だから正しい道を貫き通さねばならぬ

※世の人はよしあしことも言わば言え 賎(シズ・自分を下げた言い方)が誠は神ぞ知るらん・・ペリーの船から降ろされ、浜で失意の内に詠んだ

※かくすればかくなるものと知りながら 已むに已まれぬ大和魂・・下田の獄から江戸へ押送されるとき、泉岳寺の前で、赤穂義士の霊に手向けた詩

※歳月は齢と共にすたるれど 崩れぬものは大和魂・・松下陋(ロウ・小さい)村なりといえども 誓って神国の幹となさん・・・共に再び野山獄へ投ぜられるときの詩

高杉晋作から質問された〝丈夫の死〟について松蔭の回答…・・・「・・死は好むべきに非ず、亦悪(ニク)むべきに非ず。道尽くして心安んず、使ち是死所。死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。僕が所見には生死は度外に措きて、唯言ふべきを言ふのみ」

ほかの人のサイトに載っていた松蔭の名言です。借りてきました。

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二宮 尊徳 (金次郎)

明治天皇が買われた金次郎像

 

報徳訓

父母の根源は転地の令命にあり                            身体の根源は父母の生育にあり                            子孫の相続は夫婦の丹精にあり                            父母の富貴は祖先の勤功にあり                            わが身の富貴は父母の積善にあり                            子孫の富貴は自己の勤労にあり                            身命の長養は衣食住の三つにあり                           衣食住の三つは田畑山林にあり                            田畑山林は人民の勤耕にあり                              今年の衣食は昨年の産業にあり                                    来年の衣食は今年の艱難にあり                              年年歳歳報徳を忘るべからず

貧富訓

遊楽分外に進み 勤苦分内に退けば 即ち貧賤其の中にあり            有楽分内に退き勤苦分外に進めば 即ち富貴其の中にあり

万象倶徳(報徳博物館元館長、佐々井典比古)

どんなものにもよさがある どんなひとにもよさがある                    よさがそれぞれみなちがう よさがいっぱいかくれてる                               どこかとりあがあるものだ もののとりえをひきだそう                              ひとのとりえをそだてよう じぶんのとりえをささげよう                            とりえととりえがむすばれて このよはたのしいふえせかい

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明治天皇 

教育に関する勅語

朕(チン)惟(オモ)フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳オ樹(タ)ツルコト深厚ナリ我カ臣民克(ヨ)ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世ソノ美ヲ済(ナ)セルハ此レ我カ国体ノ精華ニシテ教育ノ淵源(エンゲン)亦(マタ)實ニ此ニ存ス爾(ナンジ)臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭検(キョウケン)己ヲ持シ博愛衆ニ及ホシ学ヲ修メ業ヲ習ヒ以(モッ)テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ進ンテ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ国憲ヲ重(オモン)シ国法ニ遵ヒ一旦緩急(カンキュウ)アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮(テンジョウムキュウ)ノ皇運ヲ扶翼(フヨク)スヘシ是ノ如キハ独リ朕ガ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン斯(コ)ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶(トモ)ニ遵守スヘキ所(トコロ)之ヲ古今ニ通シテ謬(アヤマ)ラス之ヲ中外ニ施シテ悖(モド)ラス朕爾臣民ト倶ニ拳拳服膺(ケンケンフクヨウ)シテ咸(ミナ)其(ソノ)徳ヲ一ニセンコトヲ庶(コヒ)幾(ネガ)フ            明治23年10月30日  御名御ジ

五箇条の御誓文

一、広く会議を興し、万機公論に決すべし                                                一、上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし                                            一、官武一途庶民に至る迄、各其志を遂げ、人心をして倦まざらしめん事を要す    一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし    一、智識を世界に求め、大に皇基を振起すべし                 我国未曾有の変革を為さんとし、朕躬を以て衆に先じ、天地神明に誓ひ、大に斯国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆亦此旨趣に基き協心努力せよ。 明治元年 三月十四日

御製

目に見えぬ神にむかいてはぢざるは人の心のまことなりけり

日にみたび身をかえりみし古の人のこころにならひてしがな

あらし吹く世にも動くな人ごころいはほにねざす松のごとくに

あさみどり澄みわたりたる大空の廣きをおのが心ともがな

世の中の人のかがみとなる人の多くいでなむわが日の本に

いかならむ事に会ひてもたわまぬはわがしきしまの大和だましひ

すすみゆく世に生まれたるうなゐにも昔のことは教えおかなむ

いかならむ時にあふとも人はみなまことの道をふめとおしへよ

国のため力つくさむわらわべを教ゆる道にこころたゆむな

世はいかに開けゆくともいにしへの国のおきてはたがへざらなむ

おもふこと思うがままになれりとも身を慎まむことな忘れそ

心ある人のいさめのことのはは病なき身の薬なりけり

世の中の人の司となる人の身のおこなひよただしからなむ

おのが身はかえへみずして人のためつくすぞ人のつとめなりける

物学ぶ道に立つ子よおこたりにまされる仇はなしとしらなむ

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勝 海舟 《 氷川清話より 》

勝 海舟 《 氷川清話より 》

 

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全体、おれがこの歳をして居りながら身心共にまだ壮健であるといふのも、畢竟自分の経験に顧みて、いささかたりとも人間の筋道を踏み違えた覚えが無く、胸中に始終この強味があるからだ。

万一さういふ逆境にでも陥った場合にはぢっと騒がずに寝ころんでいて、また後の機会が来るのを待って居る。そしてその機会が来たならば透かさずそれを執まへて、事に応じ物に接してこれを活用するのだ。

行政改革といふことはよく気を付けないと弱いものいじめになるョ。おれの知っている小役人の中にもこれまでずいぶんひどい目にあったものもある。全体、改革といふものは、公平でなくてはいけない。そして大きいものから始めて小さいものを後にするがよいョ。言いかえれば、改革者が一番に自分を改革するのさ、実践躬行をやって、下の者を率いていればうまく出来る。

人は何事によらず胸の中から忘れ切るといふことが出来ないで、始終それが気にかかるといふやうではなかなかたまったものではない。いはゆる座忘といって、何事もすべて忘れてしまって胸中闊然として一物を留めざる境地に至って初めて、万事万境に応じて横縦自在の判断が出来るのだ。

いはゆる心を明鏡止水のごとく磨ぎ澄ましておきさえすれば、いついかなる事変が襲うて来てもそれに処する方法は自然と胸に浮かんで来る。いはゆる物来たりて順応するだ。

世に処するにはどんな難事に出あっても臆病ではいけない。さあ何程でも来い、おれの身体がねぢれるならばねぢって見ろ。といふ了簡で事を捌いて行く時は、難事が到来すればする程面白味が付いて来て、物事は雑作もなく落着してしまうものだ。

何でも大胆に無用意に打ちかからなければならない。どうせうか、かうせうかと思案してかかる日にはもういけない。むつかしからうが易からうがそんなことは考えずに、いはゆる無我といふ真境に入って無用意で打ちかかって行くのだ。もし成功しなければ成功するところまで働き続けて、決して間断があってはいけない。世の中の人はたいてい事業の成功するまでに、はや根気が尽きてしまふから大事が出来ないのだ。

根気が強ければ敵も遂には閉口して味方になってしまふものだ。確乎たる方針を立て、決然たる自信によって知己を千歳の下に求める覚悟で進んで行けば、いつかはわが赤心の貫徹する機会が来て、従来敵視していた人の中にも互いに肝胆を吐露しあふほどの知己が出来るものだ。区々たる世間の毀誉褒貶を気にかけるよふでは到底仕方ない。

仕事をあせるものに仕事のできるものではない。せつせつと働きさえすれば儲かるといふのは日偏取りのことだ。天下の仕事がそんな了見で出来るものではない。

全体封建制度の武士といふものは田を耕すことも要らねば物を売買することも要らず、そんなことは百姓や町人にさせておいて自分らはお上から禄を貰って、朝から晩まで遊んでいても決して喰うことに困るなどといふ心配はないのだ。それゆえに厭でも応でも是非に書物でも読んで忠義とか廉恥とか騒いでいなければ仕方なかったのだ。それだから封建制度が破れて武士の常禄といふものがなくなれば、したがって武士気質も段々に衰える。

世間の風霜に打たれ、人生の酸味を嘗め、世態妙を穿ち、人情の微を究めてしかる後、共に経世の要務を談ずることが出来るのだ。机上の学問に凝らず更に人間万事に就いて学ぶ。その中に在する一種のいふべからざる妙味をかみしめて、しかる後に机上の学問を活用する方法を考え、また一方には心胆を錬って確乎不抜の大筋を立てるように心掛けるがよい。かくしてこそ初めて、十年の難局に処して誤らざるだけの人物となれるのだ。

世間の人はややもすると芳を千歳に遺すとか臭を万世に流すとかいってそれを出処進退の標準にするがそんなケチな了見で何が出来るものか。男児世に処する、ただ誠意正心をもって現在に応ずるだけの事さ。あてにもならぬ後世の歴史が、狂といはうが賊といはうがそんな事は構うものか。要するに処世の秘訣は“誠”の一字だ。

政治家の秘訣はほかにはないのだよ。ただ正心誠意の四字しかないよ。道に依て起ち道に依て坐すれば草莽の野民でもこれに服従しないものはない筈だよ。

今も昔も人間万事金といふものが土台であるから、もしこれが無かった日には、いかなる大政治家が出ても、到底その手腕を施すことは出来ない。見なさい、いかに仲の良い夫婦でも、金がなくなって家政が左前になると、犬も喰わない喧嘩をやるではないか。国家の事だってそれに異なることは無い。財政が困難になると、議論ばかりやかましくなって何の仕事も出来ない。そこへつけこんで種々の魔がさすものだ。

すべて世の中を治めるには大量寛大でなくては駄目さ。八方美人主義では、その主義の奏効にばかり気を取られて、国家のために大事業をやることは出来ない。

おれはこれまでずいぶん外交の難局に当たったが、しかし幸い一度も失敗はしなかったョ。外交においては一つの秘訣があるのだ。心は明鏡止水のごとし、といふのは若い時に習った剣術の極意だが、外交にもこの極意を応用して少しも誤らなかった。かういふ風にきりぬけうなど、あらかじめ見込みを立てておくのが世間の風だけれども、これが一番悪いよ。おれなどは何にも考へたり目論見たりすることはせぬ。ただただいっさいの思考を捨ててしまって、妄想や雑念が霊智を曇らすことのないやふにしておくばかりだ。すなわちいはゆる明鏡止水のやふに、心を磨ぎ澄ましておくばかりだ。かうしておくと、機に臨み変に応じて事に処する方策の浮かび出ること、あたかも影の形に従ひ、響きの声に応ずるがごとくなるものだ。

政治は理屈ばかりで行くものではない。実地に就いて人情や世態をよくよく観察し、その事情に精通しなければ駄目だ。下手な政論をきくよりも、無学文盲の従の話は、純粋無垢で、しかもその中に人生の一大道理がこもって居るよ。

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