Category Archives: 私見

もうすぐ来年

今月はこれで4本しか書き込めなかったことになります。月に5本は最低書き込みたいのですが、ばらついてしまいます。あと2時間で来年になります。来年になるといっても何か特別に変化はありません。ただ時間が経過すれば自然と来年という暦になるだけです。

人間は時間でも曜日でも年単位でも区切りをつけて暮らしていますが、鳥や虫や草や動物は、連続する昼夜の中で、慌てず騒がず休まず淡々と日々を生きています。宇宙の中で人間だけが時間や暦で区切りをつけて働いたり休んだりします。休みたいとか働きたいとか関係なしに、時間や暦に縛られて行動を制約されています。なんか変ですよね。そうしないと多くの人間が協同で生活しづらいからなのでしょう。

私は自営になってからは、時間も曜日も比較的自由に休んだり仕事したり出来るようになりました。時間でも曜日でも年末とか関係なく仕事できます。ですから今日も書類仕事を1日中やってました。今もまだ途中です。そういえばここ何年もほとんど1年中起きる時間は一緒です。曜日や暦には左右されません。この方が私には楽です。宇宙のリズムと合っているからかな。

ですから、今日もこのまま書類仕事しながら来年になってしまうかも知れません。今年と来年の区別と言ったって、誰かが決めた1秒という時計の針が文字盤の上を右に少しずれるだけのことです。特別なこと起こりません。

しかし、この人間にだけ存在する時間や暦を活用することが、人間が進歩発展してきた根源であるかも知れません。この区切りを有効に利用して自分の進歩発展に生かすには、やはり人間だけが持っている文字を使って、来年の計画や目標を書き出して、チェックしながら日々精進することなのでしょう。正月休みはこのように生かしましょう。それが人間だけが出来る特権です。ぼやっと過ごしてしまっては、主体性無く暦に流されているようでもったいないと思います。

良いお年をお迎え下さい。

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事業仕分けの終了をうけて石井紘基氏を思う

27日に行政刷新会議の事業仕分けが終了しました。公開で行われ、延べで2万人以上が傍聴に来たようです。この模様を会場でTVで見た多くの方は、特殊法人などの天下り先がいかに無駄な中間搾取しかしておらず、ただ役員報酬を取るためだけの組織となっているかを知ったところですが、同じ中間搾取は多くの政府系法人で行われており、さらに下請け孫請けのファミリー企業も搾取を繰り返し、そのお礼に自民党へ多くの献金をしています。この辺は事業仕分けでは証されていませんでしたが、これらの腐敗した仕組みは、政権交代がなければ多くの方に知られなかったわけです。私はこのような仕組みを1年前に一冊の本から知りました。石井紘基さんという民主党の衆議院議員が2002年2月に出した本です。石井さんはその年の10月に右翼に刺殺されてしまい、定価1700円のこの本も絶版となり手に入りづらく、私は昨年ネットで1万円強で求めました。特別会計という国民の目に触れづらい財布を通して好き勝手に税金を無駄使いして、天下り法人をつくリまくり、自民党への献金ルートを同時に造る政と官の公式横領制度。細かくその内訳を調べ上げ、丁寧に解説してくれているこの本の中身の一部が、今回の事業仕分けで国民の皆さんに広く知れることになったわけです。石井さんを殺した犯人は無期懲役で拘置所におりますが、今年の2月に拘置所から、実は人に頼まれて殺したことを告白しています。さらにヤミ金融と政治のつながりを暴こうとして殺されたようですが、石井さんの不正に対する徹底した調査とそれを公表する勇気は、私のあこがれとするところです。石井さんの指摘が7年経った今ようやく改善されようとしています。とはいえ事業仕分けの段階は、やっと改善のスタートに立ったくらいのところです。大きく実って欲しいと思います。出来ればすぐにでも東京へ行って、不眠不休で手伝いたいくらいです。

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緩和ケアについての意見交換

11日に緩和ケアを行っている医師と話をしました。末期ガンの患者を、麻酔によって痛みを取りながら看取るという緩和ケアです。前から私が疑問に思っていたことの医師としての見解を、話していただけたことはうれしかった。

団塊世代が平均寿命に近づいてゆく頃、日本の医療費はこのままではいくらになってしまうのでしょうか。国力が伸びているときならまだしも、世界でもはや経済大国とは云えない日本において、彼らの医療費をどう考えても支えきれなくなります。尊厳死を選べない日本の制度を変えなければならないと思っていましたが、この医師と話をしてより明確になりました。

オランダでは患者の意志で、あわせて家族の判断と状況判断から、心臓を止める施術を医者が行えるそうです。植物状態になったら心臓を止めてくれと云う本人の希望を、かなえる法律があってもいいのではないでしょうか。昔の日本では、農作業ができなくなった年寄りが、もう家族のために働けないという理由で、自ら食を細めてゆき、衰弱死してゆく事例がいくつもあったといいます。貧しさゆえの悲しい選択ですが、一方、自らの生き方の哲学に従って死に方を選択した例でもあると思います。人様の役に立つために生きる。人様の迷惑にならない。この哲学を究極まで実施すると、上記のような絶食による衰弱死になるのではないでしょうか。

例が極端だったかも知れませんが、この医師も、自分が植物状態になったら心臓を止める方法を具体的に仲間に指示してあるそうです。その先も生きることが自分の本意ではなく、家族の負担であり、ベッドの無駄であり、医療費の無駄であると結論づけているので、尊厳死を望んでいます。団塊の世代である自分たちがを是を合法に持って行くことが、次世代に対する自分たちの責任であると、この医師は考えています。

具体的に医師会でこの手の話がされることは無いようですが、議論は始めて欲しいと思っています。緩和ケアや尊厳死がもっと一般的になり、自分の死に方を選択できることは、患者個人の為でもあり、家族のためでもあり社会のためでもあると信じています。意識もなく回復の見込みもない老人を、チューブで生かしておくことを選ばない選択も、一般的に行えるようになる事が、この国の将来を思うと、どうしても必要ではないかと思っています。

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がんばれ大田原市教育委員会!

ご意見の別れる内容では有りますが、私は大田原市の教育委員会には敬意を表します。歴史認識で議論の尽きない「新しい歴史教科書」を、平成17年に続いて平成21年も採用を決定しました。平成17年度には、大田原以外には東京の杉並区の中高一貫校、愛媛県の中高一貫校数校が採用したのみで、市町村立の普通中学校での採用は日本で唯一大田原市のみでした。すさまじい抗議があったであろうと思われますが、芯を通した立派な大人たちである教育委員会の皆様に触発されます。多くの大人や子供達が、信念をもって物事に誠実に対処する立派な大人達の後姿を見ています。そして自分もそう有りたいと触発され、どこかの場面で勇気を振り絞るきっかけになるのだと思います。

教育関係者に聞きますと、大田原の学業成績は県内でも高いそうです。相関関係はいずれつかめると思いますが、学業と自尊意識の相乗効果があることは既に公式に発表されています。また、下野新聞を購読されている方の多くが既にお気づきの通り、読者登壇の10代の声の欄への意見投稿は、圧倒的に大田原市の中学生が№1です。圧倒的多数です。自我の確立がよく促される教育がなされているのだと私は見ています。

下野の関連記事で、納得のいくコメントが載っていました。しごく尤もで、これでいいのだと思いました。在日韓国人の方々からすれば、この教科書で学ぶ在日の子供達が韓国に誇りをもてなくなるから、採用に反対する。方や日本人の誇りを持たせようと作った教科書を採用する日本人側。どちらも祖国を愛する純粋な発想で間違いはありません。但しここが日本であるが故に、日本の将来を託す日本人を育てる使命をもった教育の場であるが故に、その目的に沿った教科書が必要なのです。韓国においても中国においても、自国の将来を託す立派な国民を育てるための教育では、自国を優位に表現した教科書になるのは当たり前です。自国を最後まで守ってくれるのは自国民しかいないのです。自国を愛せない国民を育てることは国家的自殺行為なのです。この立場をお互いに認め合っているのが国際社会でしょう。アメリカにおいて原爆投下が日本国民を救ったと教えられているのも仕方ないのです。2種類の原子爆弾の人体実験だなどとは決して言わないのです。

今回もまだこれから大田原市は抗議などで騒がれるでしょうが、意志を通していただいてしばらくしたら、教育委員会を表敬訪問してまいります。そのときのご報告はまた詳細にお伝えしたいと思います。

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元寇防塁

福岡に行ったときに友人に連れられて、元寇防塁を見に行って参りました。1274年文永の役、1281年弘安の役が元寇ですが、2回目の来襲まえに、鎌倉幕府が作った防御のための石垣が今も残っています。我国の国防の原点がありました。非常に感動しました。鎌倉武士はここで元の上陸を食い止め、何とか海上に追い返していたので、海のあれたときに元は打撃を受けてしまったのです。国を守ることの重要性は、この防塁を見なければわからないでしょう。全ての国会議員はここへ来るべきであると思いました。平和ボケしてしまった大人たちも、ここでよくよく自国とは何か、他国とは何かに考えを深めてもらいたい。現在の日本は、国境を超えて航行してくる他国の船をこちらから追い返せない国です。自分の家に勝手に入ってくる他人に対して手を触れられず、出て行ってくれと言葉で言うしかない国です。せめて武力で追い返せなければ、735年前の元寇防塁の防衛力より、現在の国防力の方が劣ることになります。情けなくて申し分けなくて涙が出ます。

 

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道州制と基礎自治体・もっと基礎の自治会活動

“地方議会人”という雑誌があります。自主研鑽用に町から我々議員さんに買っていただいている雑誌ですが、10月号は道州制の特集でした。国のここまでの流れは、時期はいずれにせよ、道州制への転換は必ず必要でいずれやる前提で研究しているようです。なぜこれほど道州制を議論しているかと考えると、要するに今のままでは今後の日本が成り立たないからでしょう。少子高齢化と社会補償問題、産業の国際競争力の低下による国力の低下、広がる所得格差と地域格差、国と地方の借金返済の難しさ、問題だらけで解決方法は無きに等しい。要は現制度ではとても解決できないので、制度を変えてしまうことで責任を各道州に振り分けて、今までの借金やまだ表面化していない問題をうやむやにして、その先は各道州で何とかして欲しいからではないでしょうか。国が右肩上がりの間は中央集権でおいしいところを充分吸い取って、右肩下がりになったら吸い取りすぎた分の付けが来るので、地方に何とかしてもらいましょうということでしょう。身勝手な話ですがしかし、こうでもしなければ国が成り立たないのなら、道州制に移行することになるのでしょう。道州制の前提は市町村の統合です。基礎自治体(市町村)の数は1000以下で人口10万人以上。その上に道州が在るという形です。つまり益子町で言えば、真岡あたりと合併した上での道州制移行ということに成ります。国の道州制移行目標は2015年目安だそうですから、その前に益子の合併も余儀なくされるのでしょうか。国力が下がってゆく国においての基礎自治体(市町村)の行く末は、合併による大型化しかないのでしょうか。それによって達成される圧倒的な公務員の縮小、行政の小型化をしなければ国が成り立たないのです。つまり行政に頼れるのはごく限られた分野のみで、あとは自治の中の自治、つまり自治会内の相互協力による自治に頼らざるを得なくなって行くのだと思います。私は個人的にこれは悲しむべき状況とは思っておらず、むしろ本来あるべき姿に帰ってきていると思っています。多くを求めず、足るを知る生き方、相互に分かち合って助け合って、支えあって生きてゆく世の中。日本人が日本人らしくいられる本来の日本の姿にもどるのです。資源の乏しい島国日本の分相応の暮らしぶりは、現在のような大量生産大量消費の出来る分度ではないはずです。先の大戦まで、数々の戦争の成功で身の丈を知らない拡大主義に陥り失敗した日本人は、戦後の経済成長で、また身の丈を知らない経済大国の幻想による消費大国に成り、大量消費大量生産の“敗戦”を迎えようとしています。このままでは立ち行かなくなった今こそ、日本人は精神的に大人になり、物質的な満足を超えた精神的安定を得られる社会づくりを目指さなければ成りません。そこで、物で満足せずに日常の暮らしで満足出来るために重要なのが自治会活動です。前段の世の中の流れからずーっとここまで来て、つまり言いたいことは、自治会活動を今後ますます盛んにしてゆく時代が来たということです。近場で楽しむ。近所で充分楽しい。これが今後の日本の進むべき姿でしょうと私は勝手に思っています。ちなみに地域の運動会で盛り上がり、公民館で打ち上げを行った私達の自治会の写真を添付します。これからは地域の手作りイベントで大いに楽しむ時代です。お互いに助け合い支えあい達成する喜びこそが人生最高の幸せであると多くの国民が気づき、精神的に高次元にシフトする時期なのだと思っています。具体的なイメージは北欧などヨーロッパ人の暮らしぶり。先祖の代から同じような郷土料理ばかり食べていて外食もほとんどせず、セーターも毛糸を足しながら編みなおして着たり、家電製品も大して持たず、楽しみは釣りや地域のお祭りなどお金の掛からない遊び、バカンスは自然の中へ出かけて行きキャンプなど。所得は低くともしかし、彼らは充分人生を楽しんでいます。精神的に大人の国民性であり、本当に地球に優しい生き方です。日本も経済戦争という間違いの終戦を迎え、精神的復興を目指しましょう。精神大国こそこれからの日本の目指すステージだと信じています。

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新生“塙若組”の屋台製作中!

私の住んでいる益子町の塙自治会内の30~40歳くらいの何人かで、益子町内にあるような“若組”を作って、屋台を牽きたい!とはじまってから半年近くたつでしょうか。ここに来てようやく本格的に動き出したところです。10月26日に地元の春日神社の600年大祭があり、ここでの屋台お披露目を目指してようやく人も集まりだしたし、屋台もやっと柱が立ちましたというところです。あと2週間ほどで本番が来てしまいますが、大慌てで準備しています。発起人の5人を中心に、有志がほぼ毎日何かしら準備しています。仕事大丈夫?という感じですが、日本中どこでも祭りにバカはつき物でして、祭り当日まではみんな嫁さんや職場に小言言われても、馬耳東風、暖簾に腕推し、馬の耳に念仏でしょう。塙には地元に大きな祭りが無い地区ですので、どうも横のつながり縦のつながりが希薄な地域ですが、今回の大祭をきっかけに若組を作り、来年は町内の大きな祭りに参加してゆきたいと願っています。それなので今回の大祭での“デビュー”はとても重要なのです。祭りは世代をつなぐ最も有効な手段であり、地域の老若男女がみんなで仲間になれるのが祭りです。日常は縦横のつながりが無くとも現代は生活できますから一見楽そうですけれども、1人で楽しんでいるよりもよっぽど大勢で楽しんでいる方が面白いのです。更に今求められている地域力アップにまで成ります。まだまだ仲間が少ないのでもっともっと募集中です。26日まで時間が無い!毎日あせってます!

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