2008/10/7 火曜日

新生“塙若組”の屋台製作中!新生“塙若組”の屋台製作中!

カテゴリー: 私見, 議員日誌 — keisuke @ 21:31

私の住んでいる益子町の塙自治会内の30~40歳くらいの何人かで、益子町内にあるような“若組”を作って、屋台を牽きたい!とはじまってから半年近くたつでしょうか。ここに来てようやく本格的に動き出したところです。10月26日に地元の春日神社の600年大祭があり、ここでの屋台お披露目を目指してようやく人も集まりだしたし、屋台もやっと柱が立ちましたというところです。あと2週間ほどで本番が来てしまいますが、大慌てで準備しています。発起人の5人を中心に、有志がほぼ毎日何かしら準備しています。仕事大丈夫?という感じですが、日本中どこでも祭りにバカはつき物でして、祭り当日まではみんな嫁さんや職場に小言言われても、馬耳東風、暖簾に腕推し、馬の耳に念仏でしょう。塙には地元に大きな祭りが無い地区ですので、どうも横のつながり縦のつながりが希薄な地域ですが、今回の大祭をきっかけに若組を作り、来年は町内の大きな祭りに参加してゆきたいと願っています。それなので今回の大祭での“デビュー”はとても重要なのです。祭りは世代をつなぐ最も有効な手段であり、地域の老若男女がみんなで仲間になれるのが祭りです。日常は縦横のつながりが無くとも現代は生活できますから一見楽そうですけれども、1人で楽しんでいるよりもよっぽど大勢で楽しんでいる方が面白いのです。更に今求められている地域力アップにまで成ります。まだまだ仲間が少ないのでもっともっと募集中です。26日まで時間が無い!毎日あせってます!

2008/5/26 月曜日

後期高齢者医療保険を考える会集会にて後期高齢者医療保険を考える会集会にて

カテゴリー: 福祉, 私見, 議会活動報告 — keisuke @ 8:50

24日午後2時より益子駅舎2階にて表題の集まりがありました。私も議員として呼ばれていましたので出席しました。高齢者の方々が中心に企画した会で、共産党の方が多かったようですが、制度の説明を役場住民課より説明を受けて、何人かが意見をしましたが、同医療保険制度の廃止を求めることと、それまでの助成制度を設けて欲しいという内容でした。私も意見を求められ、確かに高齢者の方々に直接負担は増す制度ですが、その分世帯内の若い方や、これからの若い人の負担が軽減されることに、実は私は賛成なのですと申し上げました。戦争を体験され、大変なご苦労をされた諸先輩方を手厚くいたわって差し上げたいのは山々なのですが、先輩方が現役世代として駆けぬけてきた世界的な成長時代において皆さんは、将来の所得の減少や、倒産や解雇の不安に日夜胸を痛める暇も無く、子育てを終え、家を建て終え、いくばくかの貯蓄も出来て、曲がりなりにも年金収入がある。それにに比べて、バブル崩壊以降に社会に出た我々や新社会人たちは、常に明日に不安を持ち、毎年所得は下がり、ボーナスもなかなか出ない。会社もいつまであるか分からない。または既に自分か親がリストラを経験した。年金制度も我々が対象となる30年後までもちそうに無い。今後は日本のGDPも下がり、国際的な経済順位を下げ続け、アジアにおいても経済成長率だけでなく、実体経済においても中国やインドに負け、資源・食料の輸入買付も、徐々に他国に買い負け始めた右肩下がりの日本において、これから子育てをしなければならず、自分と家族のことだけでも、やってゆけるか不安なところへ、人口配列が逆ピラミット型なので、自分達よりはるかに多い老人世代をどうやって支えてゆけばいいのかまで考えると、逃げ出したくなるような思いに駆られている若者が圧倒的に多いのです。彼らの負担を少しでも軽減できる制度は、よくよく研究は必要ですが、形が少し変わっても、やはり必要と思はざるを得ないと申し上げました。当然今の政府の無駄使いを即刻やめさせなければ本末転倒になりますので、公務員制度改革だけでなく、特殊法人の解散整理、財団法人や社団法人、事業団や機構など、中間にある、コンサル・企画・管理・設計・検討などを行う実業に関わらない団体はほとんど無くすことが必要でしょう。江戸までは公務員といえば、武士しか居らず、軍隊兼事務官兼行政官でしたから割安の公務員でしたし、一般の武士は農民と生活レベルも変わらず、皆が節約社会でうまく回っておりました。大多数の一般庶民より公務員の方が圧倒的に経済的に有利な社会は、納税者の感情からは落ち着いた社会にはなりません。二宮尊徳の教えにも、財政難で困って相談に来る代官に向かっての最初の指導は、不慮の事態への備えを怠り、分度を弁えずに入るだけ、又はそれ以上に使ってしまい藩財政を逼迫させたを自分の過失を自覚させています。先ずは藩主より預かった大切な領民を餓死させるまで困窮させたその罪を悔いて、自分の棒禄を藩主に返上し、家屋敷財産全てを売り払い現金に換えて藩主に差出し、飢えに苦しむ領民に分け与えてくださるよう申し出るのが筋であると指導しています。それが出来たら手助けをしても良いという指導です。そして本当にその通りにした代官には、二宮先生の報徳金を無利息で貸し出し、無償で何百俵も援助してその代官を支え、約束どおり先生の仕法により改革を施します。そこまで行う代官の心に打たれ、藩主も自らの贅沢を改め、分度を守った倹約生活になり、領民も感動して、代官や藩主の気持ちに応えようと、怠け心を捨てて荒地を耕し、次第に作物の収量も増えて、藩財政も回復してゆきました。大いに私はこのような故事に学ぶべきと考えています。

話が飛躍しましたが、改革は、先ずは改革者自らが行うということです。

2007/8/6 月曜日

私見 《国旗掲揚の意義》私見 《国旗掲揚の意義》

カテゴリー: 私見 — keisuke @ 16:33

私達それぞれの家には家紋があります。(じいちゃんやばあちゃんに聞けば分かるよ!)家紋は私達の代まで○○家がつながってきた証です。紋付を着るとき、私達は祖先を意識し、今の自分は子孫へとつながって行く過程であることに気がつきます。従いまして家紋は、先祖を敬い、子孫を愛する気持ちの表象です。

我が家と同じように、幸い日本国も今日までつながってまいりました。そして未来にもこの国が続いて欲しいと私達は願っています。家紋が我が家のつながりの表象であるように、国旗は過去から未来への国のつながりの表象です。国旗はこの時間的なつながりの表象であると同時に、我々国民の横のつながりの表象でもあります。日本人の集まりが日本国であり、国民のつながりがすなわち国家なのです。国旗が国民のつながりであることを表象するがゆえに、国際試合の場面では両国の国旗が応援席に舞うのです。応援する人達は選手達と同じ国民としてつながっていることを国旗を振って現し、同国の仲間として応援ているのです。国旗を介して、お互いが国民としてつながっていることを理解することが出来るのです。

祝日(旗日)はそれぞれ歴史的な理由があって制定されています。我々は過去の日本人達の功績の上に現代の生活を享受しています。旗日に平和に休めるのも今の日本の礎になってくれた方々が在ってこそです。旗日に国旗を掲揚することは過去への感謝を示す事であり、同時に、今の日本をより善くして次の世代につなげてゆかなければ成らない責任を自覚する良い機会なのです。私はそんな思いで旗日に国旗を玄関前に掲揚しています。

今はほとんど祝日に国旗を揚げる家は見なくなりましたが、私の考えに共感していただける方は、どうか祝日には玄関前か門の所に国旗を掲揚してください。2~3千円で良いのが買えます。私にご一報くださればご用意させていただけます。国を愛し国旗を愛するという国際標準の価値観を、多くの国民に持っていただきたいと願ってやみません。

《参考》アメリカ合衆国の小中高では各教室に毎日国旗が掲揚されていて毎朝下記の言葉を全員で唱和することを義務付けています。

「私はすべての国民に自由と正義を与え、神の下に一国となり、分かれることのないアメリカ合衆国の国旗と、その国旗が表象する共和国に対して忠誠を誓います。」

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