Category Archives: 私見

鎌倉・小町通りDeお仕事っていいな

友人のオフィスを訪ねた。なんと鎌倉の鶴岡八幡宮表参道の脇、小町通りのビル3階にオフィスがある。めっちゃイイ環境で、最高の仕事をしている。ベンチャーのWebサイト制作会社で、忙しく楽しく熱く制作している。創業してわずか7年目だが、社員も10名になり、着実に業績と評価を積み重ねていて、実にたのもしい。彼らと私のつながりは「東京de寺子屋」という勉強会でお互いに学び、良き友人であり学友である。Web制作会社なのに、偉人の勉強が大好きで、社員みんなで学んでいる。心の学びを続けていることが、彼らの強みであり魅力につながっていると心から思っている。

栃木から、私の友人を紹介する目的で彼らを訪ねた。Webの仕事でお互いの役に立てばと思って連れて行った。プレ面接のようなものだ。ここから先は当人達の話で、私の手は放れたが、縁があればつながるだろう。

私は、人は誰かの何かの役に立つために生きている生かされていると思っている。世のため人のためが自分のためだと本気で思っている。まだ人間をやっている以上、すべての行動がその通りにとは行かないが、基本は揺らがない。おせっかいでも、少しでも役に立てそうだったら、気づいてしまったら、気づかさせて頂いたら、出来る限りそのように行動しようと思う。例えば、歩いていて道ばたのゴミに気が付いてしまったら、拾えっていうサインを頂いたと理解して、無理のない範囲で気づきは実行する。そうするといろんな事に気づかせて頂けるようになり、運もどんどん良くなる。

だから自分に出来ることは、少々おせっかいと思っても実行しようと、今回の鎌倉訪問となったわけです。まあ、連れて行ったのが女性だということも、お節介のモチベーションにはかなり成っていることは認めますが。

今回の訪問は、私にとっても有意義でした。「俺も負けてらんね~なっ!」という気になりました。男同士の真の仲間は、お互い刺激しあえるから長続きするものです。私も力がわいてきました。良い仲間は持っておくものです。幸せにも私には、刺激し会える仲間が何人もおります。長く友人で居られるように、私も負けてられません。

 

 

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尊厳死について・・私見

私の知り合いが、新聞投稿に「尊厳死」について投稿していた。自分も70をすぎ、3月に超党派の国会議員により公表された尊厳死法案に対して、賛同できるという内容だった。私も同感であり、数年前から自論として持っている。

何年も施設に入った寝たきりの親の洗濯物を、週に何回か取り替えに行っている70過ぎの夫婦と話しても思ったし、母親が90歳の時に、繰り返す肺炎を防ぐために、チューブで胃に栄養を送る「胃ろう」という治療の開始を医師に迫られ、治療なしなら家に連れて帰らなければ成らず、胃ろうを始めれば病院に居られるが、その代わり何年かよけいに生きるでしょうと言われての選択で、胃ろうを選んだ当時70代の娘さん。そして母親は今年99歳で、生きる屍状態だが今も世話をしている80を過ぎた方の苦労話を聞くにつけ、緩和ケアを行っている医師の今までの患者さんの生と死の話を聞き、自分が団塊の世代の医師だから、自分たちが自分たちの尊厳死についてレールを引かなければならないと言う、次世代への負担を潔しとしない考えを聞くにつけ、さらには、両手足が動かないおばあちゃんの食事介助をしたとき、毎日ベッドでおじいちゃんの写真を見ながら、早く迎えに来てくださいと泣いている姿を見てつくづく思う。現実の日本の医療費の上昇と、団塊世代が80過ぎになる頃のさらなる医療費の急上昇を見据えても、どうしても避けては通れない課題なのです。執拗な医療行為は果たして人間のためなのでしょうか、それとも医学の進歩という名の人類のエゴなのでしょうか。

クリントイーストウッド監督主演の「ミリオンダラーベイビー」という映画で、安楽死を扱っていました。アカデミー賞4部門獲得の映画でしたが、映画のケースなど、まさに早く死なせてあげたいケースでした。現在オランダ、ベルギーは安楽死法、フランス、アメリカはオレゴン州、ワシントン州などは尊厳死法を成立させています。

私は少なくとも「リビングウィル・尊厳死の宣言書」は、もう書いて所持しておこうと思う。私は様々な経験と学習から、生きることは、自分以外の何かしらに役に立つことが目的だと信じている。役に立てなくなったら私の生の目的は終了するので、動けなくなったら死なせてほしい。本気でそう思っている。その意志は、意志の示せるときに継続的に書いて所持しておかなければ、いざというときに間に合わない。フランスでは3分の1の成人が書いていると聞く。日本に比べて、国民が大人なのだな~と思う。

死を考えるときには、生きるという事を深く考えないと答えは出ない。死に対して腹が決まってくると、生を活かし切ることに力が入り、よりよい生を生きられるものだと教わっているがその通りだと思う。

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友人訪問  ホームスクールの話

ホームスクールで子供を育てている友人を久しぶりに訪問した。行くといつも話が長くなって、今日も2時間は居て話し込んでしまった。確か今年で4年目になると思う。きっかけは、下の子供の小学校1年生時の学校との見識の違い。自然児?的な自由奔放さに困った学校が、特別教室への移動か転校を打診して来たことだったと思う。結局はIQが高いことが原因していたことが判明したが、その間に友人夫婦は、ホームスクールでの子育てを決心し、今も行っている。今年中学生になるお兄ちゃんも同時期からホームスクールにしている。当時自分で判断させたときは、1ヶ月間吐くほど悩んで自分で決断した。

心配していた社会性は、家族という社会の中での教育がしっかりしているので、同年齢に比べてむしろしっかりしている。友達も自分で選んでつながっている。学力に関しては、どうもすごいことになっているようだ。物事の見方や考え方、思考の作り方や組み立て方の回路をしっかり作ることを先にやっているので、尋常ではないらしい。私の一般の回路とはもう既に異次元だと思う。

選んだ道をしっかりと着実に、問題点も意識しながら組み立てているこの夫婦も尋常ではない。学校や教育委員会にも必要な報告はして状況は共有しているので、お互い無理はしていない。適度な距離の中で共存している。この共存できるバランスのある夫婦だから出来ていることであり、はっきり言って能力が高い。私にはとてもまねできない。

私は時々訪問して自分の肥やしにもしているし、何か必要なときは声を掛けてもらえる窓口に成ろうとしている。子供達も気になるし。

今の学校制度や教職員、カリキュラムや制度などについて、実際はどこまで考えて出来ているのかはなはだ疑問になってくる。この夫婦と話していると本当にそう思う。教育にとって本当に必要な事は何なのか、教育の目的は、教師の本懐は、大人社会の責任は、政治の目的は、国家の目的は、そのための制度は、指針は、理念は・・・いろいろ考えなければならないことがたくさんある事に気づく。考えてから行動しないと無駄になってしまうことが多い。現実今の日本の社会は、その無益な仕組みの中での無駄を積み重ねている日常が多く、まずはそこに疑問を持たなければ始まらない。よく見ればそんな矛盾は簡単に見つかる。

1つでもその解消に尽力したいと、町議という、最も小さな単位の政治に関わる者としてそう思う。

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久しぶりの献血

2年ぶりに献血しました。日曜日のジョイフル本田に、献血車が来ていたので、一人だし時間があったので久しぶりに行いました。驚いたのは若い人が多かったこと。私の前後は昭和60年代でした。小学生の子供を遊ばせておいて、献血している30歳ぐらいの夫婦も居ました。明らかに20代の女性も居たし、私より上よりも、下の年齢の人が多かったのには驚きました。しかも待ちが出るくらいひっきりなしに人が来ます。いいことですよね~。震災と関係あるかどうかはわかりませんが、改めて人の優しさ、絆を意識したところでした。

勧められて、骨髄バンクのドナー登録もしました。実際に髄液を抜くときは3~4日の入院などが必要のようで、時間的にしんどそうですけど、そのときはお役に立とうと思います。私が献血している途中でも、他に2人が登録していました。まだまだ足りないのが現状のようです。

日曜日のジョイフル本田は、多くの人が出ますので、午前中からずっと人が切れめ無く献血してくれているそうで、赤十字の方も喜んでいました。

今回の献血のきっかけは、エレベータに乗ったときに乗り合わせた若い親子が献血車を見つけて、今日できるかの会話をしている場に居合わせて、今僕が出来る状況でこれを聞いたと言うことは、やれっていう天のメッセージだと思ったので、それに従いました。こういうメッセージ的な気づきを、僕は結構大事にします。できるだけやろうとします。

私は毎朝、お互い助け合い、支え合い、分かち合い、いたわり合って、共存共栄できる世の中づくりの実現に、お役に立たせてくださいと、神仏にお願いしています。なかなか出来ませんが、日に一度は意識する習慣にしています。

毎朝そんなふうにお役立ちをお願いしているので、それっぽい信号かなと気づいたときは大事にします。だってお願いをしておいて、信号を無視し続けたら、神仏に見放されるじゃないですか。地盤看板カバンのない私にとっては、運は非常に大事です。運を司る見えない力に支えてもらうことは重要なんです。

特定の学びからではなく、哲学、儒学、武士道、仏教、神道、様々な人間学から得た真理らしきものを私は持っています。それにできるだけ従おうとしています。人間ですから、そうきっちりは出来ませんが、基本ははずせません。真理を知ってしまったから。

献血の後ろの、こんな超マニアックな思考プロセスを解説してしまいましたが、人っていろんな事を考えてるという一例として書いてみました。つまらなかったらごめんなさいね。

 

 

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マイケル・サンデル教授の講義に思う。堅い話ですよ!

NHKの番組で、ハーバード大学教授、マイケル・サンデル政治哲学教授の「白熱教室・ジャスティス」をご存じだろうか?DVDで私も視たのですが、グローバルな世界で共有しうる正義、道徳を追求しています。多様化する価値観と、環境や歴史の違う民族が共存するグローバルな世界で、それらを越えた人類共通の正義や道徳を模索することはとても重要なことではないのか?という講義でした。

この講義自体は3年ほど前のものなのですが、最近はNHKで、日本・中国・アメリカの3カ国の学生を中継でつなぎ、サンデル教授があるテーマを決めて講義をするという企画が行われています。東日本大震災の後は、この震災を通して、我々人類は何を学んだのか、国や民族や複雑な歴史を越えて、我々は本当に助け合えるのか?原子力発電に対して、我々人類はどう向き合うのか?などのテーマです。(NHKオンデマンド放送で有料ですが再視聴できます。)

論理的思考力や理解させる表現力の差、考え方の傾向の差など、3カ国の学生の違いがよく見えます。べき論と実論とをよく分けて考えられるアメリカと、べき論へ実論を近づけようとする日本と、実論重視の中国という感じです。一番子供なのが日本ともいえるし、純粋だともいえます。サンデル教授の講義で一貫しているのは、実は日本の学生に多かったような、共存の理想へと実社会を近づける事へ、政治哲学を使って貢献したいという思いだと私は感じています。

サンデル教授が日本でこれだけ人気なのは、教授の描く、共存できる社会への哲学的貢献に、最も近い感覚を持っているのが日本人だからでしょう。世界がこの感覚に近づけば、人類は平和的に発展できる、そのために、震災と原発事故を経験した日本に、リーダーシップをとってもらいたいという思いを感じます。私もそうあってほしいと思います。

サンデル教授のハーバードでの講義に出てきた、アリストテレス(紀元前380年頃)の政治哲学が私は一番好きです。アリストテレスの言う政治の目的とは、「善き生を生きる、善き人格を形成すること、市民達の美徳を高めることであり、法や諸制度はそのために作られ、決して権利を保障するだけの約束事ではなく、互いの不正義を防ぎ、取引を容易にするためのものではない。」

資本主義経済が行き詰まりを見せる中、各国が将来を模索しさまよう中で、日本こそがこの理想を掲げ、実現に向けて努力できる能力を持った国であると信じています。

3月は、ようやく2つしか書きませんでした。いかんな~・・。

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年の瀬に思う・・自治直言№27・コラムより転載

2ヶ月に1回発行している議会報告“自治直言”の最新号コラム欄より転載します。4年半で27号まで発行してきました。一定の評価をいただいてきているところです。来年もレベルを上げて、継続してまいります。

《年の瀬に思う》

先日、半年ぶりくらいに、私の仲人さん家に顔を出して来た。法人ではないが、大手メーカーの箱詰めや、袋詰めの内職などを出している工場を経営している。私は学生時代、長期休みのときに良くここでバイトした。

車の運転も、内職さん回りのワゴン車でうまくなった様なものだ。バイト生専用のワゴン車は、少々ここすっても気にならないほどガリガリだった。それでも後ろのハッチドアを開けたままバックしてドア1枚交換したときは、その月はただ働きになってしまった。

仲人さんは立てなくても良かったのだが、世話になったこの方が結婚式を挙げていないことを知って、イタズラをしたくなって仲人になってもらった。結婚式の“ケーキ入刀のとき、司会者にうまく仲人さんをケーキの前につれてきてもらって、新郎新婦からのプレゼントで、先にケーキ入刀をやってもらった。社長も奥さんもビックリして、特に社長さんはボロボロ泣いていた。いい結婚式だったと思う。

そんな社長も年をとったが、元気にフォークに乗って忙しく働いていた。奥さんも娘さんも、みんな元気で働いているのを見るのが嬉しくて、時々、年に1回ぐらいは顔を見に伺っている。近くに行ったときにふらっと寄るだけなのでいつも手ぶらだが、相変わらず缶ジュースをおごってもらっている。

今の仲間も大切だが、昔の仲間はまた別の趣がある。お互いが元気でいるだけでお互いに嬉しい。同窓会もそんな嬉しさがあるから集まるのだろう。46歳でまだ若いつもりでも、5年に1度の同窓会をやると、毎回1人は亡くなっている。元気で生きていることは決して当たり前ではないと思う。

せっかく生かしてもらっているなら、無駄に生きたらバチが当たる。誰かの役に立って今日も生きたら、明日も生かしてもらえるのだと思う。今年もあとわずか。来年も元気で生かしてもらえるよう頑張ろう。

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TPP交渉参加 賛成の理由

多くの政治にかかわる方々が、この件に関して態度を決めなくてはならないときに来ていますが、私は一貫して交渉参加に賛成の立場です。今までの交渉で、いったい何がどこまで討論されているのかを、実は日本は分かっていません。伝え聞く噂話のレベルで、懸念事項が声高に騒がれています。まだ決まってもいない条件に右往左往するだけで、自ら自分達の未来を切り開こうしない人が多すぎる。一般人なら仕方ないが、政治に携わる人達が、外交の戦場で戦おうとしない、更には戦いの邪魔をするのは、存在そのものが罪つくりです。好もうと好まざるとに関わらず、もう避けて通れない、関税撤廃が広がって行く世界自由貿易情勢の中で、多国間で決める今回のTPP交渉。おそらく今後のグローバルスタンダードとなってしまう条件が決まって行くその過程で、強国アメリカが自分勝手に決めようとする条件に対して、アメリカから誘われているという好条件をバックにして、我が日本が、TPP参加を表明している小国たちの利益を代表して、必死に我々にとって有利な条件をねじ込まなければ、この先の国際貿易戦争の中で、取り返しのつかない不利益を日本はこうむることになります。日本不在で決まったTPPの条件であったとしても、アメリカは今後それを世界標準としてしまうでしょう。今後はその条件を飲まなければ、アジアにおける自由貿易協定のもっとも大きな枠組みFTAAPにも、日本は入れなくなるでしょう。その条件を嫌い続ければ、激しさを増す自由貿易競争の中で、日本は孤立してしまいます。日本は孤立しては生きてゆけない島国であり、国民が飢えてゆくことになります。確かにこの関税撤廃の自由貿易時代における、日本の農業部門の生き残りビジョン作成は急務です。それを成し遂げる工程表・そこまでの補助策や支援策の提示は早急に必要ですが、それが決まるまで身動きが取れないようでは、日本は経済的に沈没します。今が瀬戸際だと気づいて欲しい。後ろ送りにできない状況であり、どんな反対があっても交渉参加を押し切らないと、日本は太平洋戦争に入って行ったときと同じ過ちを繰り返してしまう。

NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」をご覧になった方はお分かりだと思うが、日本国政府は国力の違いすぎるアメリカとの戦争は出来る限り避けたかった。天皇陛下はもっと戦争を避けたかった。しかし、戦争消極論を唱える社説を書いた新聞社は、不買運動で国民から干されるし、ドイツとの同盟をせきたてる新聞、戦争早期開戦を謳う新聞はうなぎのぼりに売れるし、世論はマスコミとともに開戦一色に染まっていた。世間と軍部を敵に回せるような命知らずな強力なリーダーは、5.15事件や2・26事件を経たうえではそうは出ません。反対意見を冷静に聞いて判断する理性を失った思考停止状態の国民と、それに迎合して売り上げを伸ばし、偏った記事しか書かなくなったマスコミの相互作用により、日本は戦争から逃げられなくなりました。TPPの議論に関して、同じ構図が私には見えます。目の前の利益と不利益しか見えない国民と、それを面白おかしく騒いで注目を集めようとするコメンテーターや報道番組により、今のこの、日本の生死の瀬戸際という状況に気がつく人があまりにも少ないと感じています。

TPPに参加しようがしまいが、どうせ後で押し付けられる世界標準条件です。今後もっとも重要になるであろうFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏構想)の条件もこれが基準になります。さすがにFTAAPに入らずには生きてゆけない我が国です。TPP交渉にも参加せずに、後で無条件でFTAAPに入れてもらうようでは、日本の将来は惨めです。だから基準が決まる前に、日本の今後の生きる道を残せるような条件を、他の小国と連携して必死で押し通す交渉をはじめなければなりません。これを避けることは、国家の自殺行為だと主張します。よってTPP交渉には今すぐ参加すべきです。

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