高齢者の所在不明問題

毎日数字が拡大して行く、所在確認の出来ない100歳以上の高齢者数ですが、一体どうしてこのようなことがおきているのでしょうか?問題点は幾つかあります。第一は、行政の確認業務のいい加減さです。電話でも訪問でも、確認が取れないまま、台帳をそのままにして継続させていたことのお粗末さ!年金や扶助料の支給に関わるのですから、この怠慢による超過支給で、5年の時効を超えて回収できない分は、歴代の担当職員と上司で補填するべきものです。民間であれば確実に減給とボーナスカットになる事例ですから真剣にやりますが、役人の場合は、個人責任が給与と連動しないのでこうなるのでしょう。次の問題は、家族と出てゆく高齢者の家族関係です。お互いに連絡を入れないで過ごしてしまう身勝手さ!親としての子としての、社会の一員としての責任が在りるのに、この責任から逃避する大人が増えているということです。個人の考えプライバシー、個人主義の前に、社会が国家が家族があることを忘れては成りません。そしてこの先心配なのは、現在でも300万世帯を超える単身高齢者世帯が、20年後には700万世帯を超えます。孤独死も行方不明もこのままでは倍増します。放っておけば、不正受給もそれを引き出す詐欺も倍増します。

プライバシーという名に隠されたものは個人主義です。このまま価値基準が個人至上では日本は福祉で高齢者で破綻します。儒学のバイブル「大学」に、八条目があります。平天下・治国・齊家・修身・正心・誠意・到知・格物。物事の良し悪しが分かり、叡智を身につけ、考えを誠にし、心を正しくして、これらを持って我が身を修めれば、家が整い、国が治まり、天下が平和になるということです。

社会秩序維持は、個人の考えが何でもありでは成り立たないのです。今後日本は特に、個を求めた時代から、和によって社会を支える時代に戻るべきでしょう。関わらないように関わらないようにする風潮が、少々おせっかいな、おたがいさまの風潮になってゆく。縮小してゆく日本において、進むべき方向性だと思います。

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