広島初訪問

先日広島に一人で行ってきました。益子町ではまだ広島の平和記念式典に中学生は送っていませんが、送るべきと強く主張する議員さんもいる中で、私は今まで一度も訪れたことがなかったので、思い立って行ってきました。初日の半日はまるまる平和記念資料館をじっくり見ました。一般の順路で見てゆく限り、おどろおどろしさは押さえている印象を受けました。個人的にはもっと悲惨な写真をカラーで出すほうが抑止につながるのにと思いましたが、子供達も来る施設ですから仕方ないのでしょう。ライブラリーで体験談とともに挿絵などをじっくり見ていると、より悲惨な状況が浮かび上がり、誠にひどい、そして長きにわたり苦しめる大量殺戮であったと理解できます。1952年に、被災した子供たちの手記をもとに作られた映画「原爆の子」をライブラリーで観て、1953年に作られた映画「ひろしま」同様、僅か7~8年でここまで復興しているのかと驚くとともに、たくましく生きる人々の強さと、その頃から多発する白血病などの突然死におびえる様子がうかがえて、戦後の庶民の生活の厳しさを知ることができました。日本人たる者、一度は訪れなければならないところだと思います。

次の日は呉の大和ミュージアムに行き、当時の日本の技術者のレベルの高さを実感すると同時に、未熟な政治がいかに多くの犠牲を招くのか、日本民族が陥りがちな偏った全体主義の恐ろしさを学びました。そして急いで宮島へ渡り、厳島神社参拝の後、大聖院から弥山へ登り、宿へ入りました。広島も宮島も宿はいわゆるドミトリーと言われる、主に外国人対象の格安宿を取りました。バックパッカーと呼ばれる一人旅の若者が良く泊まる、こういったドミトリーに泊まるのも初めての経験で、とても有意義でした。宮島のドミで一緒にUNOをやったメンバーは、オーストラリアのカップル・北京で歴史を教えているイギリス人の男子、博多に住んでいる中国人男子、フランスからの一人旅の女子と私。英語日本語中国語が飛び交って、非常に盛り上がりました。さながら私は日本語教師、あか・あお・きいろ・リバースは?=ぎゃく・・など、大変有意義でした。

益子町も海外からの個人旅行者を増やしてゆきたい方向ですので、彼らのような若者が安く泊まれる環境づくりも必要でしょう。今回ドミに泊まる目的も、そういった内情を知るためでした。百聞は一見にしかず、ですからね。

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