まちづくり基本条例について

益子町でも、協働のまちづくりのありかたを、文章にして条例化し、その元で今後さらに、町民と行政がお互い協力してまちづくりを進めてゆこうという趣旨で、町民30数名と役場職員・議会代表も入った町民会議を開いて、まちづくり基本条例案を練っています。これに関しては12月の議会で私も質問させていただき、協働のまちづくりの必要性は解った上で、他の市町で多く見られるような、首長・議会・職員の心構えから会議の持ち方、情報公開や住民参加の徹底、住民投票制度の設置と対象者や範疇の拡大など、細かく規定し過ぎている事例をあげて、行政が適時適切に迅速に行動できなくなる可能性と、方や住民側の責任に関する記述の少ない事例が多いことを指摘し、出来るだけシンプルな、行政側住民側共に基本的責任範疇を謳う程度の条例が良いのではないかと提案しました。

この会議に参加している友人とさきほど会話していて、また、新しい公共というテーマで私も学んでいる”寄付”のあり方、お金だけでなく、知識や経験・労力の寄付も含めて、個人・企業の出来ることの多さ、それを制度化することの可能性の広がりを感じずにはいられません。地方自治の中だけでも、やれることは多々ありそうです。

病児保育を世に広めたNPO法人・フローレンス代表の駒崎弘樹さんの著書からも、行政でやれなくても民力で出来ることの多さを学び、鹿児島県鹿屋市の柳谷・通称やねだん地域の取り組みからも、行政の限界と民間力の大きな可能性を学んでいます。つまり、表題のまちづくり基本条例を作るにあたって、最初に決めなければならないのは、行政が将来どの程度の公共を受け持つのか、行政がどうしてもやらなければならない理由が明確な公共は何かを、明確にしなければ良い物は出来ないでしょう。物事は具体的にイメージしないと、耳障りの良い表現と現状からそう離れない発想の所に落ち着いてしまい、解決の本流は出てきません。止められない人口減少の先を直視して、何人の人口の時に何人の職員で何の公共を受け持つのかを想定した上で、この条例も発想しなければ活きた条例にならないでしょう。この機会に行政縮小のイメージを具体化して、その状況でいかにわが町は輝くかを、より具体的にイメージ出来ればと思います。

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