久しぶりの献血

2年ぶりに献血しました。日曜日のジョイフル本田に、献血車が来ていたので、一人だし時間があったので久しぶりに行いました。驚いたのは若い人が多かったこと。私の前後は昭和60年代でした。小学生の子供を遊ばせておいて、献血している30歳ぐらいの夫婦も居ました。明らかに20代の女性も居たし、私より上よりも、下の年齢の人が多かったのには驚きました。しかも待ちが出るくらいひっきりなしに人が来ます。いいことですよね~。震災と関係あるかどうかはわかりませんが、改めて人の優しさ、絆を意識したところでした。

勧められて、骨髄バンクのドナー登録もしました。実際に髄液を抜くときは3~4日の入院などが必要のようで、時間的にしんどそうですけど、そのときはお役に立とうと思います。私が献血している途中でも、他に2人が登録していました。まだまだ足りないのが現状のようです。

日曜日のジョイフル本田は、多くの人が出ますので、午前中からずっと人が切れめ無く献血してくれているそうで、赤十字の方も喜んでいました。

今回の献血のきっかけは、エレベータに乗ったときに乗り合わせた若い親子が献血車を見つけて、今日できるかの会話をしている場に居合わせて、今僕が出来る状況でこれを聞いたと言うことは、やれっていう天のメッセージだと思ったので、それに従いました。こういうメッセージ的な気づきを、僕は結構大事にします。できるだけやろうとします。

私は毎朝、お互い助け合い、支え合い、分かち合い、いたわり合って、共存共栄できる世の中づくりの実現に、お役に立たせてくださいと、神仏にお願いしています。なかなか出来ませんが、日に一度は意識する習慣にしています。

毎朝そんなふうにお役立ちをお願いしているので、それっぽい信号かなと気づいたときは大事にします。だってお願いをしておいて、信号を無視し続けたら、神仏に見放されるじゃないですか。地盤看板カバンのない私にとっては、運は非常に大事です。運を司る見えない力に支えてもらうことは重要なんです。

特定の学びからではなく、哲学、儒学、武士道、仏教、神道、様々な人間学から得た真理らしきものを私は持っています。それにできるだけ従おうとしています。人間ですから、そうきっちりは出来ませんが、基本ははずせません。真理を知ってしまったから。

献血の後ろの、こんな超マニアックな思考プロセスを解説してしまいましたが、人っていろんな事を考えてるという一例として書いてみました。つまらなかったらごめんなさいね。

 

 

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