道州制と基礎自治体・もっと基礎の自治会活動

“地方議会人”という雑誌があります。自主研鑽用に町から我々議員さんに買っていただいている雑誌ですが、10月号は道州制の特集でした。国のここまでの流れは、時期はいずれにせよ、道州制への転換は必ず必要でいずれやる前提で研究しているようです。なぜこれほど道州制を議論しているかと考えると、要するに今のままでは今後の日本が成り立たないからでしょう。少子高齢化と社会補償問題、産業の国際競争力の低下による国力の低下、広がる所得格差と地域格差、国と地方の借金返済の難しさ、問題だらけで解決方法は無きに等しい。要は現制度ではとても解決できないので、制度を変えてしまうことで責任を各道州に振り分けて、今までの借金やまだ表面化していない問題をうやむやにして、その先は各道州で何とかして欲しいからではないでしょうか。国が右肩上がりの間は中央集権でおいしいところを充分吸い取って、右肩下がりになったら吸い取りすぎた分の付けが来るので、地方に何とかしてもらいましょうということでしょう。身勝手な話ですがしかし、こうでもしなければ国が成り立たないのなら、道州制に移行することになるのでしょう。道州制の前提は市町村の統合です。基礎自治体(市町村)の数は1000以下で人口10万人以上。その上に道州が在るという形です。つまり益子町で言えば、真岡あたりと合併した上での道州制移行ということに成ります。国の道州制移行目標は2015年目安だそうですから、その前に益子の合併も余儀なくされるのでしょうか。国力が下がってゆく国においての基礎自治体(市町村)の行く末は、合併による大型化しかないのでしょうか。それによって達成される圧倒的な公務員の縮小、行政の小型化をしなければ国が成り立たないのです。つまり行政に頼れるのはごく限られた分野のみで、あとは自治の中の自治、つまり自治会内の相互協力による自治に頼らざるを得なくなって行くのだと思います。私は個人的にこれは悲しむべき状況とは思っておらず、むしろ本来あるべき姿に帰ってきていると思っています。多くを求めず、足るを知る生き方、相互に分かち合って助け合って、支えあって生きてゆく世の中。日本人が日本人らしくいられる本来の日本の姿にもどるのです。資源の乏しい島国日本の分相応の暮らしぶりは、現在のような大量生産大量消費の出来る分度ではないはずです。先の大戦まで、数々の戦争の成功で身の丈を知らない拡大主義に陥り失敗した日本人は、戦後の経済成長で、また身の丈を知らない経済大国の幻想による消費大国に成り、大量消費大量生産の“敗戦”を迎えようとしています。このままでは立ち行かなくなった今こそ、日本人は精神的に大人になり、物質的な満足を超えた精神的安定を得られる社会づくりを目指さなければ成りません。そこで、物で満足せずに日常の暮らしで満足出来るために重要なのが自治会活動です。前段の世の中の流れからずーっとここまで来て、つまり言いたいことは、自治会活動を今後ますます盛んにしてゆく時代が来たということです。近場で楽しむ。近所で充分楽しい。これが今後の日本の進むべき姿でしょうと私は勝手に思っています。ちなみに地域の運動会で盛り上がり、公民館で打ち上げを行った私達の自治会の写真を添付します。これからは地域の手作りイベントで大いに楽しむ時代です。お互いに助け合い支えあい達成する喜びこそが人生最高の幸せであると多くの国民が気づき、精神的に高次元にシフトする時期なのだと思っています。具体的なイメージは北欧などヨーロッパ人の暮らしぶり。先祖の代から同じような郷土料理ばかり食べていて外食もほとんどせず、セーターも毛糸を足しながら編みなおして着たり、家電製品も大して持たず、楽しみは釣りや地域のお祭りなどお金の掛からない遊び、バカンスは自然の中へ出かけて行きキャンプなど。所得は低くともしかし、彼らは充分人生を楽しんでいます。精神的に大人の国民性であり、本当に地球に優しい生き方です。日本も経済戦争という間違いの終戦を迎え、精神的復興を目指しましょう。精神大国こそこれからの日本の目指すステージだと信じています。

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